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「ーー…ウバー…ザウバー…起きてザウバー!」
光から暗転すると次に聞こえてきたのはリープの呼びかけであった。
彼女の呼び掛けにハッと拙者は目覚めたように閉じていた瞼を開けると視界に夜空と涙を浮かべたリープの顔が見えた。
「良かった、もう目覚めないのかと…!」
安心して胸をなで下ろすリープを見てから上体を起こして自分のいる場所を確認する。
そこはロスヴァスの森にある澄んだ水が湧き出る池がある開けた場所であり、村では【龍の涙池】と呼ばれ神聖な場所として認識されている。
「驚きましたよ。精霊達がざわめいていたので向かってみればリープ様に会えたんですから。」
すると反対からも声がして振り向くと新しく就任した黄緑の鱗を纏う祭祀長もおりどうやら現実に帰ってきたのだと実感した。
その時に右手で握っていた物に気づいて見ればあの龍母神ディヴァスより承った神仏拵・二胴貫がしっかりと存在していた。
「ザウバー、それは何?剣みたいだけど…?」
二胴貫について聞いてきたリープに拙者はなんと答えるべきか考える。
しかし実は異世界からやってきて刀も運んでもらったなんて言ったところで信じてもらえるだろうか?
なんとか言い繕いところだが、うまい言葉が浮かばないのでこの際体験したことを言葉を変えてを言ってみることにした。
「リープ、祭祀長殿。拙者は先ほど、神託なるものを受けた。」
実際は龍母神なるものから刀を受け取ったという話なのだが信じてもらえるかわからないしそれでいらぬ心配や誤解を生みたくなかったので一文をとても簡略化させることにした。
伝えた言葉にリープと祭祀長は口を開けて固まる。
村の神事を任されていた2体の様子と沈黙にやはり無理な言い訳だったかなと思ったすぐだった。
「…や、やはりそうだったのですね!では、あれは間違いなく龍王の幻体だったのですねリープ様!」
「ええ!まさか生きてる間にお目にかかる日がこようとは思わなかったわ!」
「……え?」
キャーキャーと大喜びしている2体を前に拙者が不思議そうに見ていれば少しして気持ちを落ち着かせたリープから事の始終を話してくれた。
自宅で眠っていた時に隣から聞こえてきた物音にリープが目覚めて見ればその時点で拙者の姿はもうなかった。
一体どうしたのだろうとリープは心配して自宅を出ればふらふらしながら歩いている拙者を遠くに見つけたのである。
後を追いかけながら呼びかけるも反応せずまるで誰かに操られてるかのように拙者は森の中へと入っていったらしい。
後に続いてリープが森に入ってすぐに彼女は新祭祀長とばったり合流する。
どうやら祭祀長は森がざわめいたのを感じて調べにきたらしくリープは事情を話して彼の追跡を再開した。
そして龍の涙池まで着くと2体の前に思いも寄らぬ光景が見えた。
なんと池の上に夫が立っており青白い大きな炎が彼の前にあるのだ。
全てを燃やし尽くしそうなほど激しく揺らめく炎を前に夫は平然と立っている。
リープと祭祀長が近づいて何度か危険の意味で呼びかけたが拙者は一切応えなかったとか。
すると、おもむろに夫が右手を前に出したかと思えば躊躇うことなく炎へと突き入れたのである。
これにはリープが声を上げて驚くも夫は平然とした顔で炎に入れた右手をゆっくりと引き抜いた。
出てきた右手には見たことのない武器らしきものと手首には炎と同じ青白い腕輪のようなものがあった。
手が完全に抜かれると炎はより激しく燃え上がって1つの形を成した。
リープと祭祀長にはそれが龍の頭に見えたらしく、最後に炎が無くなるとまるで支えを失ったかのように池に沈んだのを見てリープと祭祀長は慌てて彼の救出に向かったのだった。
リープの話を聞いてただ夢見で終わってなかったことと何故森の中にいたのかが理解できた。
二胴貫はともかくこの腕輪にも何か意味があるのだろうと思い拙者は二胴貫を握りしめながら立ち上がろうと空いてる左手と尻尾を地面に置いた時だった。
『…ムキュー!?』
「……ムキュ?」
甲高い悲鳴のような声が尻尾の方からしたことに拙者らが振り向くとそれはいた。
拙者の観点ではあるが一目で言うなら女の子っぽい顔とヤシの木である。
身長はソフトボールほどで葉っぱの髪に身体はまんまヤシの木のような模様から短い手足が出てなんだかマスコットみたいだ。
そんな不思議な生き物が自分の尻尾に葉っぱの髪を踏まれてジタバタと動いていた。
「あら珍しい、[ドリアード]だわ。」
「ドリアード…?」
「森の精霊ですよ。というかザウバーさん、ドリアードが見えるんですか?」
新祭祀長の問いにドリアードを見ながら頷いてみせる。
今までこんな生き物は目にしたことがないので見えることに驚く新祭祀長に珍しいのか尋ねてみれば彼女は答える。
「ドリアードなどの精霊は普通の者には見えません。リープ様や私のように精霊を視る力が高くないと見えないし近づいたりしないんです。」
「ほお、ならばこれも龍王様の加護を受けた影響だろうか?」
「わからないわ。でもとりあえずザウバー、尻尾を上げてちょうだい?ドリアードがかわいそうだわ。」
リープに言われておっとと拙者は尻尾を上げてドリアードを解放してあげた。
『ムキュ!ムキュキュー!』
解放されるとドリアードは起き上がるとこちらに向かって小さな指のない手を上下に動かして鳴いてみせる。
どうやら怒っているようだが、こうしてみると本当にクレーンゲームにありそうなぬいぐるみの景品にも見えてしまう。
「いやあ申し訳ない。立ち上がろうとして後ろに気づけなかった。本当にすまぬ。」
とりあえず様子からしてここはドリアードに正面を向け胡座の態勢で膝に両手を置いて頭を下げながら謝罪してみる。
すると通じたのかドリアードはムキュンと鳴いてわかればよろしいとばかりに腰にあたる場所に手を置いて胸を張った。
端から見ていたリープと祭祀長はその光景に思わずくすっと笑みをこぼしてしまう。
「許してくれるのか?ならば和解の握手といこう。」
相手の大きさ的に右手の小指をドリアードの前に出して握手を要望してみた。
差し出され鋭い爪がある小指にドリアードは一瞬身を強ばらせるもこちらの言葉に少し指を見つめてから小さな両手で爪を掴むように触れてくれた。
それが、龍母伸の与えてくれた“奇跡”の最初となった。
キィンという音が右手首に着いていた腕輪からすると淡い黄緑色の光を放ちドリアードの身体も同じ光を纏う。
『…仲直りは大事ですよ。森と共に生きる者よ。』
次にリープや祭祀長ではない女の子の声が聞こえ拙者は周囲を見た。
しかし自分達以外誰にもいないことにもしやと拙者はドリアードを見つめる。
『危うく潰されてしまうところでしたが、まあこっそり近づいてしまった私にも責任がありますからお互い様です。』
えへんとまた胸を張って拙者に喋りかけてくれるのは間違いなくこのドリアードだった。
ということは今拙者は精霊の言葉が聞こえているということになりなんとと小さく驚く。
『それではトカゲさん、名前を聞いていいですか?』
「え?あ、ああ…拙者はザウバーと申す。」
ドリアードから急に問われ正直に拙者は名乗った。
するとリープと祭祀長はなぜ急に名乗ったのだろうと不思議に感じた視線を送ってきた。
2人からの視線からどうやらリープ達にはドリアードの言葉はわからないらしく自分だけが翻訳されたかのように聞こえてくるようだ。
『聞きましたよザウバー。あなたの目的を。』
「なんと、いつの間に…!?」
『あなたとこちらの方の会話をちゃんと木の中から聞いておりました。ですがそれはとても危険なことです。それでも自分の信念を半ば折れることなく進めますか?』
リープの方を見て聞いてきたドリアードにザウバーは正座へと脚を組み変えると言った。
「村の食糧難を救い、ひいてはリザードマンの見聞を変える為に誰かがやらねばなりませぬ。ならばこそ、龍王様が選んでくれた拙者がその役目をしっかりと全うすることこそ宿命でございまする。」
自分より小さな相手に真剣な眼差しで答えた拙者にドリアードは一度頷いてから言う。
『我々が見える者よ。我々の声に耳を傾ける者よ。私はあなたの大木に等しきその強い信念に惹かれて現れました。仲直りの証に友となり力を貸しましょう。』
「力を、貸す…?」
『はい、私と【契約】しましょう?』
「契約?」
『あなたを精霊使いとして認めあなたの力となる為にです。』
ドリアードの言葉に先ほど龍母神ディヴァスが最後に言った言葉を拙者は思い出す。
龍母神が最後に伝えてくれた旅に役立つもう1つの力とはこの精霊のことを指すのかと。
ならばこのドリアードとの出会いは偶然ではなけ必然なのではと思い、拙者は納得して返した。
「もし拙者達の旅の力になってくれるのならばその契約とやらを行おう。友達としてな。」
契約への答えを伝えればドリアードは笑顔を見せると纏っていた光が急に強くなる。
『では腕輪をこちらに…。』
ドリアードの言う通りに腕輪を前に出して近づける。
近くにきた腕輪にドリアードが両手を触れさせた直後、強く光り圧縮されたかのように小さな緑の球体になって宙に有為転変みせる。
球体はそのまま腕輪にあった穴へと吸い込まれるように入っていき、光が収まるとそこには緑色の石が埋め込まれたかのよう存在していた。
始終を見ていたこちらは腕輪に存在する緑色の石に唖然とした顔で見つめていたが…。
「な、何が起きたのですか!?腕輪にドリアードが吸い込まれたのですか!?」
「一体何をしたのザウバー!?さっきもまるでドリアードの言葉がわかるみたいに返してたじゃない?」
驚いて問い詰めてくる新祭祀長とリープにまずは落ち着くよう言ってから先ほど起きたことを話してあげた。
「さすが龍王様ね。まさか精霊と会話し伝説の精霊使いにする力を与えるなんて。」
「伝説の、精霊使い…?」
伝えたことに考える素振りで言うリープ。
龍王ではなく本当は龍母神なのだがと思ってしまいつつももう1つの精霊使いという言葉に聞き返せば新祭祀長と一緒に説明してくれた。
かつては祭祀長の中でもさらに精霊力が高い者は精霊と契約してその力を操ることが出来たらしくそんな者を精霊使いとロスヴァスの村では呼んでいたらしい。
だがもう100年近くも昔から精霊使いは現れたことがないらしく途絶えたとまで言われていたらしい。
「なるほど、精霊使いになったかはわからぬがこの腕輪の石を見ると先ほどのドリアードが傍にいるような気分になるな。」
「ともかくザウバー、村に戻りましょう。このことを村長に話さないと。」
「うむ、あと各長も集めよう。話したいことがある。」
二胴貫を手に入れさらに精霊を仲間にした拙者はリープと新祭祀長と共に村に戻った。
それからお昼前には村長シーガルの家に本人と狩猟長、新祭祀長と戦士長のニッカ、最後に拙者とリープの計6体が集まっていた。
「それでザウバーよ。わしらを集めて話とは何かな?」
「はい村長、単刀直入に言わせてもらいます。拙者は今日の未明あたり、龍王から神託を承りました。」
拙者の発言に場は一気にざわめく。
まあ村に来てそんなに年月が経っていないしかも記憶喪失なままの若者がリザードマン達の神である龍王から言葉をいただいたと聞いては当然の反応だろう。
すぐにニッカがどういうことだと聞いてきたので新祭祀長とリープを交えて事の詳細を話した。
ちなみに拙者は2体に合わせていくつか言葉を変えて皆に話した。
「ふむぅ…このロスヴァスの、そして我らリザードマンの未来を嘆いて本当の自分を知らぬお前さんに託したのは運命なのかもしれんの。何より、その武器が選ばれた証だとはっきりわかる。」
シーガルの視線が向かうのはザウバーの左側に置かれた二胴貫。
視線に気づいた拙者は二胴貫を手に取り皆の前に出して言った。
「龍王様は言っておられました。外にはこれと似た物を作る技術がたくさん存在すると。ならば外にあると言われる技術には我々が抱える魚の不漁という問題も解決する方法があるやもしれません。だから皆、拙者はヒトの世界へ旅に出ようと思います。」
ディヴァスには悪いがここはあえて龍王の名で伝える。
次に外に出るという話に狩猟長が返した。
「確かに年々穫れる魚が減っていく一方なのは確かだ。しかしわざわざ外に、ヒトの世界に出て得られるものが本当にあるのか?」
狩猟長の問いに拙者はそう思うことは当たり前だろうと予想していた。
だからといってそこで迷いや戸惑いは見せない。
「狩猟長殿、あるかないかではなく、拙者はあると信じて行くのです。それに1体で行くのではございませぬ。」
「そうです。私を含めて3体の同志がおりザウバーについていきます。」
「なっ!?リープ!?」
旅に参加することを伝えたリープに聞いてなかったニッカは立ち上がるほど驚いた。
妹が未知の世界へ旅立つと聞いては兄として当然の反応であろう。
それでもリープは毅然とした態度でニッカを見ながら言った。
「私は兄さんと一緒に優しく迎えてくれたこの村が大好きなの。だから彼の話を聞いた時に私はただ祭祀長としているのではなく、村の子ども達が笑顔で暮らせる環境にしたいと思った。」
その為に彼と見せかけだろうが結婚したこと、すでに旅立つ準備が整いつつあることなどを伝えればニッカはそこまで計画していたのかと気づけなかった自分に対して悔しげな表情で頭を左右に振った。
リープとニッカのやり取りを見ていたシーガルはこちらの方を見て言う。
「ザウバーよ、このロスヴァスは来る者拒まず去る者追わずが村のルールじゃ。しかし旅をして再び戻ってくるというのならばお前さんの家は残しておかねばならんしその成果を期待したい。故に、期限を設けることで認めようと思う。」
シーガルの提案に拙者は大きく頷く。
余計な期待はかえって不幸と喪失感を与えてしまう。
それに拙者らが去って誰もいない空いたままの家を普通なら他の誰か住みたい者に明け渡すものだが、いずれ帰ってくる家主がいるならばそのままで維持しなくてはならないという考えを持ってくれるだけありがたい。
「承知いたした。ならば期限はいつまで?」
「ふむ、今は温暖季じゃからな。今から2度目の温暖季を迎えるまでとしたい。どうじゃ?」
シーガルの言う温暖季とはこの世界の気候の中で夏のように一番暑い気候が続く期間のことである。
その後に起きるのが雨や曇りで寒い日々が続く寒冷季。
さらに寒冷季の後に起きるのが強風や乾いた空気で乾燥しやすい乾風季とロスヴァスでは3つの季節で分けてあり1周が1年とされていた。
シーガルが2度目の温暖季までと言ってきたのでつまり期限は2年ということだ。
(約2年、か。)
2年以内にまずは魚の不漁を解決する方法を得て村に持ち帰る。
となると地図にある川沿いに村か町があることも旅の中で確認するべきだと頭の中で目的を増やしてから村長に頷いてみせた。
「よし、ならば行ってくるがよいザウバー。」
「はい、必ずや村に有益な知識をお持ち帰りいたします。」
こうして話し合いを終えてから3日後、拙者、リープ、ドゥルト、ハクタクの四体は森の入り口前に立っていた。
拙者とリープは革と木で作った鞄を肩に掛けドゥルトは腰布の周りに革の袋を複数ぶら下げただけの軽い荷物だったがハクタクはいくつもの革をつなぎ合わせて作った大きなリュックみたいなものを背負っていた。
「おいハクタク、一体どれだけ持ってくんだよ?長旅になるんだから軽くしとけよ。」
「いいえ、長旅だからこそ何があってもいいように備えは万全にしないといけません。この中には皆さんに役立つものも入っていますからこれくらいになったのです。」
ポンとリュックを軽く叩いて言うハクタクにドゥルトはやれやれと首を振るのを見てから拙者は見送りに来てくれた村長達の方を見る。
「気をつけるのじゃぞ皆。危なくなったら、遠慮なく帰ってこい。」
「いいかザウバー。絶対にリープを守れよ。あと不幸な目に合わせたらそれも許さんからな。」
睨むような視線で言うニッカにリープは苦笑いするも拙者はもちろんとばかりに頷いてから共に旅立つ皆に振り返って一度顔を見てから言った。
「では皆、村の為にも必ずや外の知識を持ち帰ろうぞ。」
「ええ。」
「おう!」
「了解です。」
仲間達の返事を聞き最後に見送りに来てくれた皆にも手を振ってから拙者達は村を出てロスヴァスの森に入っていった。
こちらの姿が森の木々で見えなくなるまで見送ってからニッカが呟いていた。
「本当に大丈夫でしょうか…?」
「ホッホッホ、妹のこととなると心配性じゃのぉ。大丈夫じゃよニッカ。龍王様に選ばれ、あの精霊使いになった者じゃ。必ず皆を守ってくれる。」
笑ってニッカを励ますシーガルは空を見上げる。
もしかしたら本当に彼がリザードマンの未来を変えてくれるかもしれないとシーガルは思った。
その思いが後にとんでもない形で現実になろうとはこの時シーガル達が知る由もなかっただろうが…。
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