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第十六話 ドレスコード事件
老後同盟の3人の中で、もうひとりゆるせない症候群でモヤモヤしている女がいた。
咲希はお店のお客さんに誘われ、レストランの開店前レセプションランチパーティーに招待された。
「昔からの知人が今度自分の店を持つことになってさ、最近はSNSの口コミが一番宣伝になるから、たくさんフォロワーいる人に体験してもらって内容を投稿してほしいんだって。咲希ちゃんならピッタリだと思うんだけど、どうかな?一緒に行ってくれる?」
シェフはミシュランにも選ばれた一流のイタリアンの店で修行した若手のホープ。
無料でごちそう食べれるうえに、オープン前の店をリサーチできる機会なんてめったにない。
咲希はふたつ返事でOKした。
「シェフの要望で、ドレスコードはセミフォーマル以上でよろしくね」
おぉ…ドレスコード付きか。
高級感あるお店なんだろうな。
期待に胸高鳴る。
仕事柄フォーマルな服は多く持っているが、せっかくなので新しいワンピースを新調。
ワインレッドのAラインワンピに、黒レースのボレロを羽織る。
ハンドバッグとハイヒールは黒に統一しブランド物の、シンプルだけど光沢ある素材で揃える。
ピアスとネックレスはホワイトパールで控えめながら華やかな印象を。
メイクも上品に抑え、仕事の時とは違うあどけなさを演出。
「いつもと雰囲気違うけど、すごくきれいだね」
同伴者の常連の社長、野島にほめられ、良い気分。
こちらも上質のスーツでバッチリ決めている。
料理が始まるまでのフリータイム、店内の写真を撮ったり宣伝用の素材を集めていると、後ろにいた人とぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
振り返ると、なんだか場違いのカップルがいた。
ドレスコードを無視して、男性はセーターにデニム、スニーカー姿。女性はニットとタイトスカートにブーツ。
明らかに浮いている。
「シェフのお知り合いの方ですか?」
そばかすのある化粧っ気のないその女性が声をかけてきた。
「連れがシェフの古い知人で、今日は一緒にどうかと誘っていただいたんです」
「ふーん…そうですか…」
年齢は咲希より若い、30代前後だろうか。男性もそんな感じ。
若いから世間知らずなのかな…?
人懐っこくこの女性は、なんやかんやといろいろ話しかけてきた。
ちょっとグイグイ来すぎ…
咲希はこういうプライベートスペースに土足で踏みこむようなタイプが苦手だ。
野島はシェフと話しこんでおり、咲希は逃れられない。
あきらめて社交辞令で話を合わし相づちをうつ。
そうこうしているうちに食事が始まる時間になり、席についてようやく開放された。
「野島さん、あそこにいる方ご存知ですか?」
少し離れたテーブルにいるカップルに視線を送る。
「あぁ、熱烈的なシェフのファンらしいよ。一般のグルメブロガーらしいけど、影響力すごいんだって。味方につくと売上も上がるけど、敵にまわすと怖いらしい。あらゆるクチコミサイトに辛辣なこと書きまくり、閉店に追いこまれた店もあるって話だ。それで招待されたのかな」
「へぇ…」
その日のコース料理は最高だった。
新鮮な地元の食材を活かし、どれも極上の味わい。
前菜のサーモンのカルパッチョから始まり、タコとトマトを使ったショートパスタや、岩塩を効かせた鯛のオリーブソテー。メインの和牛のステーキは表面は香ばしく薄っすら焼かれ、中の赤身は驚くほどやわらかく、至福の味わい。
デザートの洋酒がアクセントのティラミスまで、大満足。
「どれもすっごくおいしいですね!レポートしっかり投稿します」
「よかった、シェフも喜ぶと思うよ」
帰り際、例のカップルは咲希の横を通った。
言葉を交わした間柄なので会釈すると、何のリアクションもなく出ていった。
何なの!?失礼な人。
最初のモヤモヤが沸き起こる。
野島とはその場で別れ、夜はいつも通り仕事へ。
深夜帰宅し、眠いながらも依頼されている宣伝用の投稿は早いほうがいいよね、と眠気と戦いながら、
自分が感じた素晴らしい点や料理のおいしさをまとめ、リール動画も作成し複数投稿。
「これで良し、と」
明け方、やっとベッドへもぐりこみ熟睡…。
目覚めたのはお昼頃。
朝昼ごはんの準備をしながらスマホを開くと、自分の投稿にたくさんのいいねが付いている。
反応があるのはやはりうれしい。
レセプションの様子を投稿する要件としてシェフの新しいアカウントにフォローが必須なので、本人がリポストした投稿も出てくるため、自然と目に入る。
その中に、昨日出会ったドレスコード無視の人の投稿に対しての反応があった。
アイコンが加工無しの自撮り写真なのですぐわかったのだが、シェフの新店舗、料理を絶賛している。
それに対して、シェフも熱を入れてお礼をも書き加えストーリーズにあげていた。
そのやりとりにはいいねの嵐。
対して咲希の投稿に、シェフからの反応はなかった。もちろん、その女からも。
ハッシュタグ検索をかければ、その場にいた人達の投稿をチェックすることもできるのに。
数日経っても、変化はなかった。
既にシェフのフォロワーはかなりの数だし、レセプション会場にもたくさんの人がいたのでそれ全部に気づき目を通すのは不可能だとも思われるが。
次のモヤモヤが起こる。
「寝る間も惜しんで発信したのに…」
あんなドレスコードも守れないような人達でも、敵にまわすと厄介だから大事に扱うわけ!?
それって権力ある人間が優遇されるってこと!?
シェフからのいいつけ守ってる人間が無視されて、
あんな無作法で失礼な人がちやほやされるなんて。
なんか釈然としない!
これじゃせっかくのごちそうのおいしさも台無しよっ。
ドレスコード事件
それは咲希の胸の内に刻まれた。
問題は2点。
ひとつ、ドレスコードを守らないやつらに対する憤り。
「外国のレストランならつまみ出されるところなのに、日本は甘過ぎるわ。全体の雰囲気が悪くなってしまう」
ふたつ、ドレスコードを守れないようなやつらに負けた悔しさ。
「ルールも守れないくせに、クチコミでの影響力の高さという権力でチヤホヤされていることがゆるせないっ。それなのに私はちゃんとやってるのにスルーされるなんて」
問題点は根本となる理由を簡潔に挙げると、対処もしやすくなるし、本心も明確になる。
この気持ちを、親友たちはどう捉えるのか。
グループラインに、咲希は招集依頼をいれた。
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