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第二十五話 夢の始動
一度は本気で別れようと考えていた恋人柴田の必死の謝罪と、自分の店をもてるという夢の実現というご褒美につられ、咲希は別れ話を撤回し関係の修復を計った。
勤めていたクラブも辞め、物件の下見や必要機材の仕入れに奔走し、本気で飲食店を営む第一歩を踏み出そうとしていた。
居抜き物件で、カウンターとテーブル席合わせて10席というこじんまりとした路地裏のお店。
ひとりで店に立つ分には調度良いくらい。
必要経費はほぼほぼ柴田が出資したが、ケチなところは相変わらずで、ギリギリまで出費を抑えた。
店用に電話をつけたいと言っても
「自分の携帯で充分だよね」
と取り合ってもらえず、Wi-Fiも無し。
パソコンも使えないと懇願するも、スマホで何でもできるし、データ使い放題プランなら一ヶ月の利用料も固定になるからやりくりもしやすい、と軽くスルー。
「防犯面を考慮して防犯カメラをつけてほしい」
と頼むと、
『警察官立ち寄り所』と変なシールを入口に貼られた。
「これで少しは抑止力になるでしょ」
自慢気に言う彼氏に苦笑い。
何かがおかしい
咲希の防衛本能が、疑惑の声をあげだした。
この人はやはり私のことより、自分のお金が大事なのか。
本当に私のことを大切に思ってくれるのなら、女ひとりで店に立つのだから、酔っぱらいに絡まれる事もあるかもしれないしできる限りの防衛策を施してくれるのではないか。
「何かあったら連絡くれたら、家も近いしすぐ来るから。最近カンフーも習ってるんだ。アチョーッ、なんてね」
ふざけた返しも腹ただしく、愛想笑いすらできなくなっていた。
そもそも連絡くれたらって言っても、電話嫌いでかけてくるなっていうし、緊急時どうやって連絡したらいいのよ。メールなんて気付かない時も多々あるじゃない。
そう思ってはいても、余計な言い合いもしたくなくて黙って口をつぐむ。
オープン日が近付くにつれて、意見の食い違いも目立ってきた。
柴田はあくまで咲希を共同経営者とみており、ビジネスにおいて一切の妥協はない。
言われることはただひたすら
「利益を出せ。それをオレに還元しろ」
咲希は徐々に大きなストレスを感じ始めた。
最初は
「咲希の店だから、好きなようにやっていいよ」
なんて言っていたのに、店名の候補を出せばわかりにくい、伝わりにくいとダメ出しを繰り返し、店のコンセプトも女性も来やすいカフェ的要素を取り入れようとしたら
「周りはオフィス街だし、オレの仕事仲間とかも呼ぶから普通の居酒屋みたいにして」
と結局自分の思い通りに運んでいく。
お金をを出した人の意見が通るのが当たり前と押し切られてしまえばそれまでなのだが、咲希は結局自分が柴田のコマであり、操り人形のままなのだと感じていた。
早まったかな…
大量の荷物を運びながら、ふとため息が漏れる。
買い出しだって車を出してほしいのに、自分の仕事が忙しいからと断られた。
「しんどいな…」
自分の飲食店が出せる。それは長年の夢だった。
もうすぐそれが実現できるのに、喜びや希望はどこかにいってしまった。
自分の店といえるのは自分でお金を工面して始めることであり、例え恋人であっても別の人に出資してもらった以上、その人に従わなくてはならず、思い通りにはならないというジレンマを知った。
同じ店で働いていた子の中には、愛人にお金を出してもらい、自分の店をもって独立した子もいる。
お金だけ手に入れ、自由伸び伸びやってる子だっているのだ。
要は相手次第
その見極めが肝心。
そして、ちょっとやそっとではその人の本質なんて変わらないもの。
長年しみついてきた頑固な価値観やプライドなんてめんどくさいものを、そう簡単には手放せない。
ヨリを戻したことを後悔しながらも、ここまできて今更やめることもできない。
「こうなったら絶対にお店を繁盛させて、あの男を再びひれ伏せさせてやる」
咲希の負けず嫌いに火がついた。
足元で土下座する彼氏を見下ろした時の快感。
あの感情を再度味わうために、今はじっと辛抱しよう。
「筋肉ついてたくましくなりそう…」
季節は夏本番を迎え、汗だくで自転車をこぎ、なんとかオープン日までに間に合うようにと日々走りまわるのだった。
柴田への不満はつもりながも、何よりお客様においしいお料理とリラックスしたひと時を提供したい。
その気持ちが、咲希を突き動かした。
夢を叶えるために、あの男を利用してやる。
不屈の精神、ここにあり。
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