第三十七話 病の魔の手

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第三十七話 病の魔の手

40代、気持ちだけは若くても、確実に身体は下り坂。老化の一手をたどっていく。 コンタクトを買うために眼科にいけば老眼の出始めを指摘され、健康診断の数値はところどころ赤信号となる。 料理屋を始めて数ヶ月。 咲希はなんとなく身体の不調を感じていた。 倦怠感や、胸の苦しさ。 一日中立ち仕事だし、夜も遅い。 疲れが溜まってるのかしら? 時々動悸やめまいも感じるようになった。 加えて生理不順。 元々生理が乱れやすく重いほうだが、 さらにひどくなっているような。 ストレス?? それとも早目の更年期障害?? 週末、かきいれ時の金曜日の朝。 起きようとすると、頭がクラクラする。 なにこれ…気持ち悪い…。 吐きそうでトイレに行くと、数日前生理が終わったばかりなのに、大量に出血をした。 「えっ、どうして…」 怖い。 ただでさえ生理の出血は多いほうだが、 こんなに一度にドバっと出るのは初めてだった。 ナプキンで処置をするも、すぐいっぱいになる。 おかしい ただ事じゃない。 とりあえず病院へ行こう。 準備をして外に出ると、エレベーターから降りたところで再びめまいがし、咲希は倒れそのまま意識を失った…。 気付いた時は昼過ぎだった。 運良くマンションの清掃をしていた人が倒れている咲希を見つけ、すぐ救急車を呼んでくれたのだ。 「どうしよう、お店…」 ランチを無断で休んでしまった。 とりあえず店のSNSで臨時休業を発信。 目を覚ました咲希に医師は、 「子宮が腫れており、大量出血がみられ、貧血を起こし倒れたようです。検査をするので数日入院してください」 「えっ!?」 まさかそんな大事になろうとは…。 とりあえず経営者である柴田と、夜の予約を入れてくれていた忍に知らせる。 柴田からの返信は 『大丈夫か?いつから復帰できるか、結果でたら教えて。その分の損失埋めることを考えないと』 この人…私の身体よりやっぱりお金と仕事なのか。 あきれてものが言えない。 経営者としてはそれが正解なのかもしれないが、従業員なくして稼ぐこともできないと思うのだが。 忍からは 『大丈夫??必要なもの持っていくから病院教えて。仕事帰り寄るね』 『ありがとう。ごめんね、せっかくデートだったんでしょう?今度埋め合わせするね』 ふぅ… 静かな病室。 無機質な白い壁。 病院着を着せられ、点滴が腕についている。 健康には自信あったのにな… タバコも若いうちにやめたし、野菜の多い食生活も心がけていた。 だけど 「知らず知らず無理してたのかな…」 生活環境もがらりと変わり、ひとりで店に立つ身ゆえ、少々具合が悪くても休むことができなかった。 何より、柴田からの執拗な稼げ稼げのプレッシャーが、大きなストレスだったことは間違いない。 ブブッ マナーモードにしている枕元のスマホが震えた。 「えっ!?」 『SNSで体調不良で臨時休業って見たんですけど…大丈夫ですか??心配です』 南井からだった。 『〇〇総合病院に数日入院することになりました。検査入院なんで心配ないですよ。早く元気になって復帰しますね』 なんだろう…この違い。 塩対応の(一応)彼氏と、 すごく優しい好きになりかけてる人。 温かいメッセージが、うれしかった。 ツー… 涙が、一筋こぼれた。 あれ なんで私 泣いてるんだろう。 病気で弱ってる時って 涙腺もろくなるのかな。 突然身体に異変が起こり 怖くて 不安で それなのに 彼氏は私の心配より仕事の心配で 情けなくて 悲しくて… 人生のパートナーとなりうる人より 友達や 彼氏以外の男の人のほうが優しいって 何なんだろうね 泣きながらうとうと眠ってしまい、気がつくと既に夕方だった。 カーテンの向こう側から、看護師が声をかけた。 「栗野さん、お見舞いの方来られてますが、お会いになりますか?」 「あ、はい…」 誰だろう 忍にしては早いし… カーテンを開けてもらうと… あらわれたのは柴田…ではなく、 南井だった。 「えっ、どうして…」 「気分はどうですか?これお見舞いです」 小さなアレンジメントフラワー。 黄色とオレンジの花が、沈んでいた気持ちを明るくしてくれる。 「倒れて入院だなんて、居ても立っても居られなくて、駆けつけるに決まってるじゃないですか。大事な人なんだから」 大事な人… その言葉に、ジーン…と感動。 「柴田さんに連絡は…」 「経営者なんで一応伝えてます。だけどあの人は私の身体のことより、休んでる間の売上の損失を補うことを考えなきゃいけないそうで、忙しいからここには来ないみたいです」 「なんですかそれ!? 柴田さんにとって咲希さんは恋人という代わりのきかない大切な人じゃないんですか?? あの人の稼ぎなら休んでる間の補填なんていくらでもできるでしょうに」 咲希の気持ちを代弁するかのように憤慨している。 南井のその気持ちが、うれしかった。 「やっぱり、僕は決めました」 ベッド脇に座ると、寝ている咲希の手を挙げる握りしめ、言った。 「柴田さんではあなたを幸せにできない。あの人と別れて、僕と結婚を前提としたおつきあいをしてください」 「えっ??」 結婚?? しかも病院でプロポーズ?? 「あっ、すみません!身体しんどい時に」 南井は慌てて離れる。 「だけど…これが僕の本心です。病気で苦しい時にほっとくなんて、人として間違ってます。誰だっていつ何時病魔に襲われるかわかりません。だからこそ、助け合い支え合う家族は大切なんです。人は、ひとりではいきていけないですよ」 確かに、それはそうだ。 だからこそ、老後同盟は発足したのだ。 年をとって親もいなくなり、伴侶もいなければみんなで一緒に助け合って暮らそうと。 えっ!? もしかしたら私、 老後同盟一抜けしちゃう?? いやその前に、 浩輝さんとちゃんと別れられる?? お店はどうする?どうなる?? 1日にいろんなことが起こり過ぎて、 少々頭が混乱気味の咲希さんです。 まずはしっかり診てもらって、 身体を治そうね。
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