第四十一話 母への想い

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第四十一話 母への想い

5月の第2日曜日、母の日。 さとこの家ではすでに嫁いで家を出ている姉と妹が、朝から子ども達を連れて実家に帰っていた。 「お母さん、母の日。いつもありがとう」 「まぁ!うれしい。毎年ありがとう」 赤やピンクのカーネーションをプレゼント。 しかし何よりうれしいのは、やはり孫の顔を見れることのようで。 この時ばかりは次女さとこは肩身が狭い。 自分が婿養子に入ってくれる相手と結婚すれば、大崎家の跡取りができるのに、と考えた事もあるが、母曰く 「さとこはねぇ、なんか結婚に向かない気がするのよねぇ。だからこの家のこととか無理して気にしなくていいから、好きにおやんなさい」 と達観して言われている。 お母さんはよくわかってるわ… 姉のようにしっかりと家庭も仕事も両立できて世渡りも上手なわけでもなく、 妹のようにどこかちゃっかりしていて甘え上手などこにいってもかわいがられるタイプでもなく、 自分の世界観に浸っていたい、三姉妹の真ん中。 どっちつかずで宙ぶらりん。 何色にも染まらず、相手に合わせる事もなく、我が道をいく。 そんな自分を否定することなく幼い頃から見守っていてくれた、お母さんにはほんと頭が下がりません。 離婚する時はストップをかけられたけど、結局私が一度言い出したらきかないのをわかっていて、最後は黙って実家に戻ることを承諾してくれた。 なんだかんだいって、私のことを信じてくれている。 私もお母さんみたいな母親になりたかったけど、このままだと再婚も出産もなさそうです。トホホ… 母のように強く、たくましい女性でありたい。 仕事も生涯現役と日々明るく前向きな母親に、元気をもらうのだった。 忍は毎年、白いカーネーションを仏壇に飾る。 母親が亡くなってもう二十年になるが、毎朝線香とお茶のお供えは欠かさない。 ひとりっ子ゆえ、とりわけ仲の良い親子関係だった。 買い物行くのもどこかへ遊びに行くのも、ほとんど母親とだった。 それは学校では度々いじめられ、友達がいない時期が多かったのもあるが。 母親はそんな様子を心配していたが、高校になって老後同盟ふたりのような友達ができ、とても喜んでくれた。 友人達があそびに来ると手作りの料理やおやつでもてなしてくれた。 母が亡くなって一番悲しかったのは、あの手料理をもう食べれなくなったことだ。 作り方はなんとなくおぼえていても、やはりあの味は母親にしか作れない。 母を失った時は、まるで自分の身体の一部を削がれたような喪失感をおぼえた。 それはやはり母のお腹の中から生まれてくるのだから、父親よりかは一心同体という意識が高いからだろう。 母が生きていたら、恋の話のひとつでもできただろうか。いやいや、相手が既婚者ならそんな事も言えない。 それともいつになったら結婚するのとか、そんな話もしたのかな。 遺影に手を合わせながら、そんなことを考えたりする。 「ねぇお母さん、私好きな人ができたんだよ。すごいでしょ、まさかそんな日が来るなんてね」 男性恐怖症気味で、男の人は苦手だった。 だけど 松木と出会って、その概念が覆された。 人との出会いによって、それまでの固定概念や先入観が大きく変わることを知った。 「本当は生きてる時にそうしたかったけど、いつか誰かとおつきあいできて、ここでこうして紹介できたらいいのにね」 それは決して松木ではないけど… せつない気持ちがよぎる。 咲希は、毎年花を贈っている。 届け先は、遠方の老人ホーム。 咲希の母親は数年前からそこに入所している。 認知症を患い、おそらく誰からの花束かはわからない。 それでも花が好きなので、喜んでいるようだ。 咲希の花好きは、母親の影響が大きかった。 小さい頃から一緒に花を愛で花を育て、花の名前も教えてもらった。 花に癒やされるのだろうか。病状が不安定な時も、花と接する時は穏やかな表情をみせていた。 母親は咲希に依存していた。 それはギャンブル依存症で家庭を顧みない夫に頼ることができない反動もあったのかもしれない。 末っ子の咲希をかわいがるあまり執拗に監視し、束縛した。 彼氏を連れてこようものなら、難癖をつけて別れるよう諭した。 ある程度までは母親の言葉は絶対と信じていたが、高校生くらいになると、そんな母親から早く逃れたいと思うようになった。 卒業し家を出る時、母は言った。 「私のことを捨てるの?」 「そんなんじゃないよ。そんなんじゃないけど、もう私を自由にして」 しばらくは実家とも母親とも疎遠になった。 再会したのは、かわいがってくれた叔母が病気で早世し、その葬儀で再会した時。 何十年ぶりに会う母は白髪が増え、歳をとっていた。 頭の中ではずっと母は若いイメージだったが、必然なのだが自分が年齢を重ねれば、その分親も歳をとっていくのだ。 その後父親が定年退職後ギャンブルで莫大な借金を作り、自己破産し実家もなくなり家族は一家離散し音信不通となって、次に会った時は認知症で現在の施設に入居していた。 まだ娘の名前がわかるうちに、せめて今のうちに顔をみせてほしいからと、兄から連絡がきたのだ。 一度だけ、お見舞いに行った。 けれどその後は訪れていない。 衰えていく母親の姿を直視することから逃げている。 せめてもの罪滅ぼしに、母の日と誕生日には花を贈る。 それぞれの母の日が過ぎ。 夕方3人は咲希の店で合流し、退院祝いを兼ねて日曜日の女子会で話しこむ。 様々な想いを抱く、母になったことない3人だが、だからこそ母に感謝と敬意をこめて。 今日という日が暮れていく。 8d28f55e-e7f0-4660-afd2-08876379c97e
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