第四十九話 私達の未来地図

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第四十九話 私達の未来地図

「忍まだこれ貼ってるんだね、物持ちいいよね」 さとこがベッド横に目をやる。 壁にあるのは写真や雑誌の切り抜きを貼り付けて作った地図。 「それ作ったの何年前だっけ…」 数年前。 老後同盟の3人が忍の家に遊びにきてお泊り会をしていた時のこと。 「ねぇねぇ、この前学校の授業でおもしろいもの作ったんだ。みんなでやりたくて道具持ってきたの」 「何なに?」 こういう時真っ先に首をつっこむ好奇心旺盛なのは咲希だ。 「未来地図っていうの。人間ってね、なりたいイメージとかビジョンを常に視界に入れておくことで、脳がその通りにしようと無意識に行動していくから、成功へと進むことができるんだって。そして過去一番嬉しかったこと、楽しかった時の写真を未来と紐付けて貼っておくことで、過去の成功体験がさらに未来をより良いものにしてくれるっていう」 「へぇー、おもしろそうっ。作ってみようよ!」 模造紙に、好きな写真や雑誌の切り抜きを貼っていく。 さとこはタウン情報誌や観光パンフレットなどを持ってきており、忍は溜め込んでいた雑誌などを提供。 「検索して出てきた写真をプリントアウトしてもいいからね」 友人達は竹内家のWi-Fiを接続しているので、簡単にオンライン印刷ができる。 それぞれの未来、イメージするビジョン。 咲希は広告のウェディングドレスと結婚指輪の写真を貼った。 「やっぱり幸せな結婚が願いかな」 未来の自分を想造する。 真っ白なドレスを着て、左手に指輪をはめる自分。 安らげる家庭を築きたい 相手は誰なんだろう。 まだわからないけれど、広告のモデルのように、喜びあふれる微笑みで写真を撮りたいと思っていた。 さとこは海外の街の風景を貼っていった。 「語学の勉強もしたいし、留学したいな。行ってみたい国がいろいろある」 カナダのオーロラ、イギリスの湖水地方、北欧の雪景色。 旅行パンフレットから切り抜いた写真を貼っていく。 「寒いところばかりだね」 「暑いの苦手だから、雪景色が見れる国がいいな」 忍は、ずっと迷っていた。 「私のなりたい未来…」 もう堅実にお金と安定しか求めてないけど。 それを写真で表したら何なんだろう。 さすがに年金手帳のコピーなんか貼ったらさとこにとめられるわ。 散々迷った挙げ句、料理と海の写真を貼った。 「これは?」 さとこの問いかけに、忍は答えた。 「凪の海みたいに穏やかな日々と、毎日おいしいご飯が食べれたらそれがいいかなって」 「いいじゃない!その焼魚定食おいしそうだね」 未来のビジョンは作成できた。 では過去は…? 「やっぱりこの3人で一緒に撮ったやつかな」 さとこは、卒業アルバムの写真から学生時代の思い出を。 彼女にとっては、結婚や恋愛で失敗した社会人の時より、学生時代のほうがいいイメージなのだ。 セーラー服姿がなんとも初々しい。 まだ何色にも染まっていない、社会の厳しさも知らない、肌の曲がり角も知らない時期。 対照的に咲希は、学生時代は親の支配下にあり息苦しかった頃。 なので選んだのは、初めて3人で旅行に行った時の写真。 瀬戸内海アートの島直島へ行き、バーベキューの火起こしもうまくいかず大変な思いをしたが、焦げた肉も魚も笑いながら食べた思い出。 美しい夜明けの海の美しさ、潮風の心地良さ。 友と共に、心が自由になれた解放感。 忍は、あまり過去に意識を向けたくなかった。 けれど、この写真は好き、と思える1枚を選んだ。 親友達が誕生日祝いをサプライズでしてくれた時。 「誕生日は、産んでくれたお母さんにありがとうって、言える日でもあるよね」 母を亡くし気落ちしていた頃、その言葉が胸に響いた。 わたしの中にお母さんはいるんだ。 つながりを感じることで、自分はひとりじゃないと、気持ちを奮いたたせてきた。 それぞれの思う過去の輝き、そしてなりたい未来を描いた、世界で唯一の自分だけの未来地図。 忍は壁に貼ったままで既にあまり意識はしていなかったが、毎日目に入ることで知らずしらず頭にそのイメージが入っていたかもしれない。 しかしその未来が現実となるかは、まだ誰にもわからない。 そして作った未来地図は、軌道修正もできる。 地図を完成させた後、さとこは言った。 「みんないい地図できたね。これは今のビジョンだけど、進んでみてなんか違うと思ったら軌道修正もできるから。主役はこの地図じゃなく、私達だもの。私達は自分の未来を、自分で決めて進むことができるの」
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