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第五話 離婚は今どきバツじゃない
なんで離婚するとバツイチって言うんだろう。
バツじゃなくて、人生経験ひとつこなしたと思えばマルだわ。
さとこは内心そう思っていた。
結婚生活1年半で出戻りを決意した時、両親、特に母親は我慢が足りない、と諭した。
「たった1年半で相手の何がわかるの、今辛抱すればそのうち慣れるから」と。
いやいやお母さん…その前に7年もつきあってたんだから、ある程度相手のこともわかりますって。
だけどそれでも、いっしょに暮らしてみないとわからない細かなズレは、修復不可能だった。
さとこは細かいことが気になる性格だ。
多少の歪みが許せず、まさに教職の鏡といった正論を持論とする。
対する元夫は、わりとルーズな面があった。
こちらはさとこと違い正規雇用で、仕事量も多かった。
それゆえ家庭内で決めたルールを、仕事で疲れているからという理由でサボりがちになった。
例えば入浴後のお風呂掃除当番をスルーしたり、順番で買って帰るヨーグルトを買い忘れたり。
さとこはそれが許せなかった。
しなかったことが問題なんじゃない、
できないことを報告せず、うやむやにされることが続き、しないことが当たり前化するのに我慢できなかったのだ。
そして離婚の決定打になったのが、このひと言。
「さとこは非正規で仕事楽なんだから、もうちょっと家のことやってもいいと思うよ」
はい?
何なのその言い方。
自分は正規雇用で担任も部活もうけもってるから私より偉いって言いたいんですか??
私だってもっと働きたいわよ。
でも世の中少子化なんだし、教師の数なんてあふれかえってるんだから。
働き口見つけるだけでも大変なのに。
公立の学校でぬくぬくやってるアンタと違って、
私学のこっちは理事長とか法人とかしがらみ多くて気も使うし。
なんでわかってくれないのよ!!
夫婦で同じ職種というのは、わかりあえるようでありながら、案外意見がぶつかり対立したりするものである。
加えて長いつきあいの果てでの結婚、新婚のラブラブ感もなく、仕事柄現実的な側面にしか目がいかず、将来に向けて積み立てしようとか、月々の貯蓄額を考えたら使えるお小遣いは月3万とか…。
結果、さとこの結婚生活は夢も希望も喜びもなく散った。
楽しい思い出は結婚式の準備と新婚旅行だけ。
なんとも味気ない。
そして人見知りのさとこは、夫の家族や親戚づきあいというものも苦痛だった。
元夫の家族は非常に心理的距離感が近い人達で、それはよく言えばフレンドリーで、悪く言えばデリカシーがない。
受け取り方次第でこうも印象が変わるのか。
さとこのことをつきあい初めの頃からずっと気に入っており、結婚を喜んでくれたのはいいが、あろうことか同居を持ちかけてきた。
さとこは夫の家族といえども赤の他人、プライベートな空間を常時共有するなんて堪えがたい苦痛でしかなく、断固そこは反対した。
元夫もさとこのそんな性格はわかっていたため、結婚の条件として夫の両親との同居はしないことを挙げていたが、あろうことか夫の転属を機に同居を持ちかけてきた。
学校の転属が決まり、それが新婚ホヤホヤの新居からは車で1時間以上かかる遠方だが、夫の実家からだと15分未満に短縮される。
「ただでさえ朝早いのに、通勤時間が長いとその分早起きして準備しないといけないから、さとこさんもお仕事あるのに大変でしょう?その学校に勤務する間だけでも、うちで暮らしたらいいじゃない。そしたら子供できても安心だし、料理とかもしなくていいからさとこさんもお仕事に専念できるわよ〜」
この申し出に、夫は尻尾を振って飛びついた。
そりゃあそうだ。夫にしてみれば家事を手伝わなくてもいいし、自分の生まれ育った家なんだから好き放題できる。
対してさとこからすれば、料理も掃除も家事は苦手なのでそれから開放されるのはありがたいが、そのメリットを差し引いても拒絶意識のほうが大きい。
第一、子供とかいうけど同居してたらそんな…夜もやりにくいじゃない。
どこで夫婦の営みするのだ、わざわざラブボとか行く?そんなのホテル代もったいないし。つきあってる時でもめったにそんなことしなかったのに。
さとこは恋愛にも性欲にも淡白なほうだ。
身体的スキンシップをあまり求めない。
好きな人とはいえ、適度な距離を保ち自分のことを優先させたかった。
だから彼氏とデートするより、女友達とカフェ巡りしたり、洋服買いに行ったりするほうが正直楽しいと思っていた。
そんなさとこだから、小柄で見た目はアイドル的にかわいいし、おしゃれで街で声をかけられ読者モデルとして写真を撮られたこともあるほどなのに、
高校時代から男子に人気で大学時代も社会に出てからも合コンとかでは最初に連絡先聞かれるような子なのに、つきあった人は元夫を含め数人だけ。
ひとりの人とじっくりつきあうというか、あまりベタベタしないので淡々としたつきあいをしていたら気付けば年月が過ぎていた、というわけだ。
だから、この先も再婚とか恋人ができる可能性はほぼないと思っている。
それが老後同盟を考えた一因でもあるのだ。
けれど子供は好きなので、本音を言えば夫はいらないけど子供だけ育てたいという願望は密かにあった。
現実的にそれは無理そうなので、今は職場で子供たちの成長を見守ることに喜びを見出している。
それが、大崎さとこという女です。
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