第五十二話 泣きっ面に蜂

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第五十二話 泣きっ面に蜂

心が弱ってる時というのは、次々と災難が降りかかるものだ。 それはまさにことわざでいうところの泣きっ面に蜂。 泣いてるところに追い打ちをかけるように、痛いことがやってくる。 度重なるネットでの攻撃に、心痛める咲希。 親友忍の父親の死もあり、自身の婦人科疾患も完治したわけではなく、不安な日々を過ごしていた。 そんな時。 朝出勤時、駅の階段を上がると突然、胸の苦しみに襲われた。 なにこれ、息ができない…! 締め付けられるような胸の痛み。 症状は数分で治まったが、顔からは脂汗が滲む。 たまにあった動悸や息苦しさとは全く違う。 ドクドクドクトク… 心臓の鼓動が早くなる。 こわくて南井に電話したくなるが、出張で遠方に行っており、数日帰らない。 次の選挙が近く、しばらく多忙なようだ。 そんな彼に、あまえるわけにはいかない。 ただごとではない そう感じて、急遽店に行くのはやめて近くの循環器内科を検索した。 ランチ営業を臨時休業することもSNSで発信し、いやいやながら柴田にも連絡する。 『また体調不良?大丈夫?夜は営業できそう?ランチはそう儲かるわけじゃないから1日くらい休んでもいいけど、無責任なことしないでね』 優しさの欠片もない文面に、また悲しくて涙が出る。 早く別れたい、こんな人 通りでタクシーをつかまえると、咲希は病院へ向かった。 「狭心症…ですか?」 心電図や問診で、医師はそう判断した。 「左側に心肥大もみられます。詳しい検査が必要なので、機械がそろっている病院を紹介します。予約するのでそちらに行ってください。早いほうがいい、明日行けますか?」 「はい…」 紹介状をもらい、その日は病院をあとにした。 ちょっと待って 私が心臓病? なんで?? この前子宮内膜増殖症って言われたばかりなのに また病気? どうして私ばっかりこんな… 悲しくて ひとりさまよいながら 店に着く。 とりあえず夜の準備をしよう 気もそぞろだけど、調理場に立つ。 お客様に暗い顔は見せられない。 メイクを直し、準備をする。 夕方になり、 珍しく柴田が来店した。 ゲッ 一番会いたくないヤツ 「最近会ってないから顔見たくなって。体調は?今日病院行ったんでしょ?」 「実は…」 診察の結果を話す。 「えっ!? 今度は心臓病??」 「詳しい検査結果は明日精密検査受けてからなんですけど」 「店は?? 仕事は続けられるの?」 「浩輝さんは、私の身体より仕事とお金が大事なんですね」 「いや、ごめん、言い方が悪かった。もちろん咲希の身体が大事だよ」 口ばっかり… 嫌悪感がこみ上げる。 「本当は今夜も安静にって言われたんですけど、休むわけにはいきませんから。また倒れてでも売上あげたらいいんですよね??」 つい口調にトゲが出る。 「そんなこと言うなよ、今夜は早じまいでいいから。これ食事代」 かなり多めの一万円札を置いて、柴田は出ていった。 塩撒いてやるっ その後、うれしい来客があった。 さとこだった。後ろには忍がいる。 「わー!どうしたのふたりともっ」 「ともすれば忍、家に閉じこもってばかりだから連れてきちゃった。そしたらさぁ、ビックリすることがあって…」 「何なに??」 席につくと、忍は松木とのことを打ち明けた。 「そうなの!? まさかの結婚!?」 「お父さんの喪が明けたら結婚式を挙げる予定で…今彼が住んでる家は売って、新しくマンション買ってふたりで暮らそうって」 「よかったね、老後同盟から一抜けだね」 さとこは少しさみしそうだが、喜んでいる。 「そんなことないよ、老後同盟は永遠だよ」 「そうよ、先のことはわかんないし、これからも私達が助け合っていくことは変わらないから」 「と言いつつ咲希もいずれは南井さんと、でしょ?? いいなぁ、私ひとりぼっちだよ」 「それもわかんないよ。一番可能性が低かった私が結婚するんだもん、さとこならもっとチャンスあるって」 ウッ 再び、咲希は胸の苦しみに襲われた。 思わずカウンターの中でうずくまる。 「咲希、どうしたの!?」 「だいじょうぶ…少し休めばだいじょうぶだから…ハァハァ…」 幸い早い時間でまだ他の客もいない。 さとこは咲希を椅子に座らせて休ませた。 「ふぅ…」 少し経つと落ち着く。 「咲希…もしかして心臓の具合が悪いんじゃないの?」 「!? どうしてそれ…」 「やっぱり。うちのお母さんも少し前から心臓が悪くて、今度手術するのよ」 「えっ、そうなの??」 「症状が全く一緒だから、もしかしたらって思って」 40歳を過ぎると、親も歳をとり病気になることも多い。人間いつまでも健康でいられるわけじゃない。 「明日もランチ休んで精密検査なの。造影剤入れて心臓や血管の写真撮るんだって」 「あぁ、うちのお母さんもそれやってた」 「ほんと大丈夫?お大事にしてね。お父さんも心疾患だったから、ひとごととは思えない…」 「ありがとう、さとこ、忍。さっき浩輝さん来て今日は早じまいでいいって許可もらってるから、明日の検査に備えてゆっくり休むわ」 「それなら今日は私達も片付け手伝うよ」 「いいよそんな」 「何言ってるの、病気の時はおたがいさまよ」 その夜は店番に女子ふたりが加わり、短時間である程度売上もあがったため、普段より一時間ほど早く閉め店を後にした。 友人達と話していると、楽しくてネットの嫌がらせのことも忘れていた。
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