第五十四話 食べることは生きること

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第五十四話 食べることは生きること

「体調、大丈夫?ご飯作ってきたけど、少しでも食べれるかな」 スープジャーに入ったおかゆや、タッパーに詰めたたまごやきと野菜の煮物を出してくれた。 「咲希みたいに上手じゃないけど。顔、少し痩せたね。あんまり食べてないんじゃないの?」 旧友には何もかもお見通しだ。 「うん…ありがとう…いただきます…」 おかゆをひとくちすする。 「おいしい…」 「ほんと!? よかった」 別添えの梅干しを入れると、ほどよい塩気が食欲をそそる。 温かいものが喉を通り、お腹にすとんと入る。 身体の芯からぽかぽかする。 たまごやき、お出汁が効いただし巻きたまご。 やわらかくてほんのりあまくて、しあわせな味。 「たまごは、それ自体がいのちのかたまりみたいなものだもんね。食べたら元気出ると思って」 もぐもぐ 当たり前だけど、 食べ物が人間のいのちの源だということを 改めて実感した。 相手の健康を考えて作った料理は、 心まで満たしてくれる。 「ごちそうさまでした。おいしかった」 久しぶりにまともに食べた食事。 死にかけていた顔に生気が戻る。 「咲希」 「ん?」 「死んだらダメだよ」 「えっ?」 「どんなに辛くても…死んだら楽になるとか考えたらダメだよ。残された人達が悲しむんだから。私も、さとこも、そして南井さんも」 「どうして…」 どうして、私の心の中が読めるの? そう心の中で問わずにはいられなかった。 「やっぱり…」 忍は言葉を続けた。 「咲希は死にたいくらいほんとに辛い時は自分から何も言わないから。しょうもないことならすぐあれこれ話すくせに」 「しょうもないことって…」 思わず苦笑い。 「あれか、男にふられたとか別れるとか競馬負けたとか」 「そうそう、そういうこと」 ふふっ、と互いに笑う。 「でもさ、咲希が人の心の痛みに敏感なのは、自分もいろんな経験をしてるからだよね。だから高校の時私に声をかけてくれたのも、自分が同じさみしさを知ってるからだよね」 「あー、知ってたの?」 「なんかの時酔っ払ってちょっと話してた」 咲希は中学生の時、いじめにあった。 理由は、男子に人気があることを妬まれて仲間内でハブられたのだが。 昨日まで同じグループにいた友達全員に、翌日から突然無視されるのは辛い。 おまけに母親は学校に行きたくないという咲希を突き飛ばし玄関から追い出し、無理やり登校させた。 誰も味方がいない 学校という大勢の人間が集まる中で ひとりぼっちのさみしさを知っているから。 「だからひとりの私に声をかけてくれたんだよね」 「どうだったかな、そんな昔のこと忘れちゃった」 心に傷を負い、痛みを知る者同士だからこそ、感じとるものがあるのだろう。 「私もね、自分なんか死んだほうがいいんじゃないかって思う時があった。仲間外れにされ、陰口をたたかれ、いいことなんか何ひとつない。神様は意地悪だって、世間を恨んできて。でもね、こんな私でも、40歳になってやっと幸せがやってきた。自分を大切にしてくれる人と出会って、毎日安心して過ごせるようになった。これからがスタート地点なんだよ、私達。だから咲希も、病気の苦しさに負けないで。夢だった仕事なのに満足に働けなくて、気を遣うことも多くて今は気落ちしてるだけだから。大変なことは、少しでも元気になってから考えようよ、ねっ」 「忍…」 ウッウっ… 咲希の心に、忍の温かい声が響いた。 「おなか空いてたら余計に悲観的になるから、これからちょっとずつでいいから、栄養になるものを食べよう。大丈夫、食べてれば人間なんとかなるものよ。心臓にいいものも調べてみたよ、カツオとかレバーとか、あと焼鳥のハートもいいらしいよ!明日鳥レバーの煮物作ってみようかなぁ、咲希作り方教えてくれる?お店で出してくれたのおいしかった!」 「はちみつ…」 「えっ?」 「仕上げにはちみつ入れると、照りと艶が出るし、臭みがとれてマイルドになる」 「そうなんだ!やってみるね」 「忍は、松木さんのいい奥さんになれるね。松木忍、いい名前」 「えっ?何突然?? 咲希も南井さんと結婚したら南井咲希だね、おまけに政治家の妻って!かっこいいし」 「私にそんな大役が務まるかなぁ。それにまずは今回の選挙も当選しないとね」 「大丈夫でしょ、党の公認だし、バックアップも万全」 ガチャ そんな話をしていると、当の本人、南井が合鍵を使い帰宅してきた。 連絡はとっていたが、実に約一週間ぶりの帰宅だ。 「ただいま…ってお客さんでしたか。あれ、咲希さんどうしたの?? もしかして体調悪い?」 パジャマ姿の彼女に驚く。 「えっ、もしかして咲希何にも話してないの??」 「心配かけたくなくて…」 「私退散するから、あとはふたりでゆっくり話してね!それじゃあおじゃましました〜」 「あ、ありがとうございます。っていうか咲希さんどうしたの?? この前の子宮の異常が再発したの??」 顔色を変えて本気で心配しているのが伝わってくる。 こういうところが柴田と真逆のところだ。 「実は…」 咲希は秘密にしていたことを打ち明けた。 b666aeec-4d48-4b0e-abe7-8af3a427bb52
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