第五十六話 執念深い男

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第五十六話 執念深い男

しばし時が経ち。 咲希は体調が芳しくないものの、さすがに働かなくては収入を得ることができない。 少しづつだが休業していた店を再開させ、それに合わせ嫌々ながらも柴田に連絡を入れた。 「復帰を待ってたよ」 待ちかねたように来店した柴田は、妙に愛想が良くて不気味だった。 「浩輝さん、私この店舗を引き継いでくれる人が見つかったら離れたいって思っています。それでいいですか?」 「そうか…やっぱり体調が良くないのか?」 「お医者さんと相談した結果、あまり無理はできないみたいで」 「わかった。オレも誰かいないか探してみるよ。で、その後はどうするの?」 「その先はまだなんとも…」 「そうだよな、スマンスマン、せっかち過ぎたな。でも違う仕事になればまた前みたいに会えるんだろ?」 「そのことなんですけど…心臓に負担をかけないために、激しい運動はもうできないんです。だから私もうセックスができません」 「えっ!?」 「そんなの嫌ですよね、無理ですよね。恋愛にセックスはつきものだって言ってましたもんね。だから私あなたを幸せにできません。なので浩輝さん、私と別れて誰か違う人を見つけてください」 言った…! これは最後に、柴田の気持ちを試すトラップなのだ。 もし万が一にも自分のことを本気で愛しているのなら、例え身体を求めることはできなくても別れないと言うだろう。そして仕事に関しても了承するはずだ。 まぁそうなったら困るんだけど。 要はスムーズに別れるために仕掛けた作戦。 柴田は依存症かというくらいセックスに執着している。だから身体の関係が無理で仕事で役立つわけでもなければ、いくらなんでも別れてくれる。 しかもそれはあなたを幸せにできないから…と相手を思いやる目線で言えば角が立たない。 ドクドクトク… 無言の空気が重い。 さぁ、どんな返事が返ってくるのやら… 「心臓は良くなる可能性もあるんだろう?」 はい? 「やっぱりひとりで昼も夜もって働き過ぎだったんだよ。もう少し楽な仕事になればきっと体調も良くなるって。だからオレと別れるなんて考えなくていいよ」 ちょ、何そのポジティブ思考 そもそもアンタが収入上げろっていうから、働き詰めだったのに あんぐり 呆然とする咲希に、柴田は言った。 「オレのことを気遣って別れるなんて言わなくていいから。よっぽど我慢できなくなったら風俗使うかもしれないけど、咲希の体調が落ち着くまで待つからさ」 へっ、今なんて? 彼女の前で(私は彼氏と思ってないけど) 風俗行くとか平気で言うってどういう神経ですか?? 言葉を失い立ち尽くす咲希に、柴田は耳元でつぶやいた。 「お前は一生オレのものだから…」 ゾクッ なんだか嫌な予感がした。 何もかも見透かされているような。 「咲希だけはオレのこと裏切らないって、信じてるから。オレたちの仲を邪魔するやつは、ぶっ潰すだけだよ」 そう言い放つと、柴田は帰っていった。 今の、どういう意味…? その答えは、後日わかった。 「えっ、落選…?」 今回の選挙、南井は敗北した。 「直前まで当選確実と言われてたんだ。それなのに大幅にまとまった票が他に流れて…どうやら柴田さんが裏で手をまわしたらしいんだ。前回は逆に僕に入れてくれた分がすべて無くなって…」 そういうことだったの…!? おそらく南井との関係に気付き、妨害作戦を実行したのだろう。 それは、南井と自分を別れさせ、自分のものにするためか。 プライドが人一倍高い男だ。自分より若い仕事上の関係者、しかも自分が目をかけていた男に彼女を奪われるなんて、認めたくもないし許せないだろう。 柴田を問い詰めたいも、確たる証拠もなく憶測でしかない。正直に話すなんて事もありえないだろう。 選挙が終わり、疲れ切った南井が真夜中、咲希の自宅に帰宅した。 「陽介さん…」 それ以上何も言わず、そっとうなだれる彼を抱きしめた。 「咲希さん…僕は何もかも失いました…政治家でなくなった僕は、無職で金もない。あなたを幸せにできない」 選挙はお金がかかるとは聞いていたが… 「何もかも、じゃないですよ。少なくとも、私は側にいます」 「咲希さん…」 「ふたりで力を合わせれば、なんとか生活できますよ。ここから逃げてもいい、一緒にやり直しましょう、これから」 「ありがとう…」 「疲れたでしょう?今夜はもう寝ましょう?眠れるように、ちょっと強めのお酒飲みましょうか」 ウィスキーをロックで。 南井はそれを手にすると、グイッと飲み干した。 服を脱ぎ捨て、そのまま裸でベッドに倒れ込む。 そんな姿も愛おしかった。 咲希も服を脱ぎ、南井をやさしく抱きしめた。 戦い抜いた戦士。 傷つき、起き上がる気力もなく。 聖母のように包みこみ、そっと唇にキスをする。 不思議ね 浩輝さんと出会った時は お金や高級外車、ブランドものにばかり目がいったけど お金も仕事も肩書きもない今の陽介さんが あの時の浩輝さんより 数百倍も大切に思える 負けを知らないあの人より 精一杯やって挫け打ちひしがれている 目の前の彼のほうが 人間味溢れて とてもすてきに感じる 弱くていい 泣いてもいい 例え傷ついても むやみやたらに誰かを傷つけるような人でなくてよかった 私はやっぱり 陽介さん ありのままのあなたが好きです 遠く離れたところで ワイングラス片手に 柴田がほくそ笑んでいるとは 夢にも思わない咲希だった。
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