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第五十八話 この国は貧乏人を生かす気はないのか
夏の暑い最中、咲希と南井は引っ越しをし、本格的な同居が始まった。
駅裏の古いマンション、2LDK家賃68,000円。
今までひとり5万〜6万それぞれ払っていたので、それを考えればかなり割安となる。
仲介手数料や初期費用、解約時の費用、荷物の搬送、諸々を合算すると合計で60万円以上がかかった。
元々貯金があまりなく、選挙や店の備品などでまとまった支払いもあったため、手元に残ったお金はほとんどなかった。
それに含めて咲希は通院費や薬代がかかり、使えるところはカード払いでその場を凌いだ。
そんな中届く郵便物は、国民年金と税金、国保の督促状。
「こんな高い金額いっぺんに払えないよ…」
国民年金16,000円。国民健康保険や市民税も2万円近く。税金は払う時期は決まっているが、年金と国保はほぼ毎月だ。
どうしても払えない時、役所に相談するもあまりいい顔をされない。
「この国は、国民を本当に生かしたいのかしらね。あんなに高い年金と保険料、どうにかならないのかしら」
食事をしながら元政治家の南井にぼやく。
「確かにそうだね。年金制度だってこの先いつ崩壊してもおかしくないような世の中なのに」
「年金の支給額だって昔に比べたら随分少なくて、それだけでは生活やっていけないでしょう?消費税だけはどんどんパーセンテージが上がっているしタバコ代も倍近くよ。その分の税金で豊かになっている実感なんて全くない。今なんて物価高も高騰して食費だって抑えていかなくちゃいけない。いつからこんなに日本は生きづらくなったのかな。金銭的にも、心理的にも」
ふぅ
思わずため息がこぼれる。
咲希にはもうひとつ心の負荷となることがあった。
兄から、母親の介護費用を出してほしいという無心。
加えて父親も身体の具合が悪く入院し、病院代もかかるからと。
今まで何もかも兄任せにしているゆえ、断るにことわれなかった。
カードのキャッシングサービスを利用し、リボ払いの返済にして可能な限り仕送りをしていた。
しかしそれも、ついに限界を迎えた。
クレジットカードの引き落とし日、残高不足となった。
今までは他のカード会社から借りた分で他の返済をするという、自転車操業まがいのことを繰り返していたが、他も限度額いっぱいになりそれも不可能となった。
カード会社は容赦しない。一度引き落としができないと何度も何度も電話で催促される。
知らない番号から着信があるたびに、ビクッとなる。あのストレスは半端ない。
携帯代をカード払いにしていたので、その引き落としができず未払通知が来た。
『この日までに支払いができない場合使用停止となります』
店も辞め、新しい仕事を探してはいるが、病気のこともありすぐには見つからず。
南井は昔馴染みのお寺にて仕事を紹介してもらい、働き始めるも初回給料が入るのは1か月後だ。
食費や光熱費、家賃も出してもらい今の自分は居候状態。
けれど膨らんだ借金はどうすることもできなかった。
そんな時、テレビで弁護士事務所のCMが流れた。
いってみようか…相談無料なら
意を決して予約する。
数日後
予約した時間に弁護士事務所へ。
大手の事務所だけあって、在籍している弁護士の顔ぶれも、皆テレビなどでみた顔だ。
対応してくれた弁護士もそんな有名な人だったが、やさしく丁寧な対応だった。
そして勧められたのは、
『自己破産』の道。
「病気で現在働けていないこともあり、安定した収入がないので一度精算して、やり直したほうがいいと思います。まだ若いですし」
自己破産…
よく聞く耳馴染みの言葉だが、まさか自分の身に降りかかろうとは。
「ただうちで手続きすると、ひと月2〜3万の費用がかかります。今の栗野さんにその他支払いは負担が大きく、継続は困難と思われます。国が行っている相談窓口がありますから、一度そちらに行かれるとよいかと。カード会社からの電話には、今弁護士に相談していると伝えていただければ催促はやみますから」
「そうですか…ちなみに今日の相談料などは…」
「相談だけなら無料ですから大丈夫ですよ。ご相談くださりありがとうございます」
よかった
CMは嘘ではなかった
ほっとして事務所を後にする。
渡された紙には『法テラス』という、初めて聞く名前と地図、予約の電話番号が記されていた。
帰る道すがら手帳を開き電話する。
お電話が繋がりにくい場合があります、と記載があったが、幸いなことにすぐ繋がった。
要件を伝えると、直近で予約できる日にちを教えてくれた。
善は急げだ。
予約を入れると、とりあえず少し、肩の荷が降りた。
その直後、着信が。カード会社だ。
弁護士に言われた通り、今相談と自己破産の手続きにすすんでいると伝えると
「かしこまりました、では担当部署にそのように伝えます」
と端的に言って電話は切れた。
えっ、これだけ??
他のカード会社も同様だった。
向こうも慣れているのか、声色ひとつ変えず事務的に話は終わる。
まさか私が、自己破産なのか…
大嫌いな父親と、まさか同じ道を歩むなんて
やっぱり親子は似るのかな
自嘲気味な笑いが出る。
パチンコにのめりこみ退職金数百万円をすべて一年ほどで使いこみ、住み慣れた実家まで売ることになり、自己破産に至った父親。
そんな父親見捨てたかったけど、自分も何度も病気を経験したため、病気で入院していると聞くとほっとけなかった。
「ばかだなぁ、私」
空を見上げると、いつもと変わらず
美しい青空。
自分がどんなに落ちこんでも
辛くても
世界は変わらず
輝いているんだ
絶望のどん底の私を置いて
天高く、一羽の鳥が飛んでいる。
私も
浮上できるかな
いつかまた
この国の片隅で
幸せになれるだろうか
生きよう
何があっても
ここまで墜ちたら
逆にこれ以上落ちようがないだろう
咲希はまた
新たな一歩を前に踏み出した。
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