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第六十一話 お金がないということがこんなにも惨めだなんて
弁護士への相談から数日後。
陽介さんにこのことを打ち明けなくてはならない
咲希は胸が張り裂けそうなくらいドキドキしていた。
こんなことを言ったら嫌われるかもしれない
でもこれ以上隠し通すわけにはいかない
夕食後のダイニングテーブルで、食後のコーヒーを出し思いきって口火をきった。
「あのね、話したいことがあって…」
「なに、どうしたの?」
まずは直球で、自己破産することになりそうなこと。
理由は親の介護費用や入院費の援助と、出店時にカード払いした備品代がまともに働けない今支払えなくなったこと。
引っ越しにかかる費用でまとまった金額の出費があったこと。
「……」
南井は真剣な顔で、耳を傾けた。
「…ごめんね、そんな状況になってるのに気づいてあげれなくて。そして助けることができなくて…」
咲希の手を握りしめて謝る。
「そんな…陽介さんが謝ることなんてないよ。まさか私もこんな病気になって急に働けなくなるとは思わなかったし。たいして貯金もなかったから、まとまった出費も重なってどうすることもできなくなってしまった…」
「待っててね、もう少しして僕も安定した収入を得られるようになったら、絶対お金の心配のないようにするからね」
「よかった…こんなこと話したら私嫌われるんじゃないかと思って…」
「嫌いになんかならないよ。むしろちゃんと話してくれてありがとう。ふたりとも無一文な状態だけど、一緒にここからやり直していこうね」
法テラスで紹介された弁護士のもとで手続きを始めたのが昨日のことだった。
財布から、今まで使ってきたクレジットカードが消えた。
「自己破産から数年はブラックリストにのるため、あらたにカードを作ったりローン契約はできなくなりますからね。これはあなたに同じ間違いをさせないためです」
「はい…」
担当の弁護士は女性だったので、話しやすかった。
ちょうど今NHKの朝ドラでも、日本で最初の女性弁護士の物語をしている。
その歴史があるから、こうやって今活躍されている女性弁護士もいるんだわ
淡々と進む手続きの合間に、ふとそんなことを考えたりした。
通帳やカードの引き落とし明細、様々なものを提出し、ひとつひとつ確認していく。
家からここまで数駅だが、電車賃がもったいなくて30分以上ゆっくり歩いてきた。
たった数百円がもったいないと思う。
財布の中にも銀行口座にも小銭分しかない。
食事はストックしてあるものでまかなっている。
外食なんてもってのほか。
惨めだった、
お金のない自分が。
今どき小学生でもお札持ってるよね…
自虐的な笑いがこみ上げる。
仕事もない
お金もない
あいにく健康でもない
なんの生産性も持たない自分は
なぜこの世界に生きているんだろう
そう感じた気持ちも伝えると、
南井は言った。
「それはね、咲希さんの笑顔に救われる人がこの世の中にはいるからだよ。僕を筆頭にね。子どもだってそうだろ?完全な扶養者で自分でお金稼ぐわけでもなく食費生活費娯楽費、ひたすらに浪費していくだけ。だけどそれが無駄って言われる?そうじゃないよね。どんなに子育て大変でお金かかっても、その子が笑ってくれれば家族はうれしいし、子どもが笑いかけてくれるだけで幸せな気持ちになる人はたくさんいる。大人だってみんながみんな、仕事してお金稼がないと役に立たないっていうわけじゃない。専業主婦だって立派な家事労働だし、扶養されてお金もらっていてもそれをしっかり管理し一家を守るっていうのも大切な役割なんだから。だから自分を、そんなに卑下しないで。僕と一緒に生きていこう、それが咲希さんの生きる理由さ」
「陽介さん…」
うれしかった、
ただ自分の存在を認めてもらえたことが。
「借金の精神的ストレスも心臓によくないと思うから。今は無理をせずに、身体を大事にしていこうね。隙間時間にできる仕事があれば僕行ってくるし。昔から体だけは丈夫なんだ」
体格のよかったからだが、少し痩せた。
質素な食事で、今はお酒も飲まないものね
いつかまた、お腹いっぱいおいしいものを食べれる日が来るように。
咲希はそう願った。
ピンポーン…
後日夕刻、インターホンが鳴った。
「はーい」
誰だろう
ドア越しに覗いてみると、老後同盟のふたりだった。
「どうしたの?ふたりとも」
「どうしたもこうしたもないよ!電話全く繋がらないから、倒れてるんじゃないかって心配で来たの!」
さとこがすごい剣幕だ。
「あっ」
そうか
携帯代が払えなくてついに止まってしまったのだ。
「立ち話もなんだからどうぞ、入って」
「これ差し入れ。あとで南井さんと一緒に食べて」
忍が手渡したのは、洋菓子の詰め合わせ。
「ありがとう〜、陽介さん甘いもの好きだから喜ぶわ」
デザートなんて贅沢品ここしばらく食べてない。
うれしくて顔がほころぶ。
長年の友を前に話すのは気が引けるが、咲希は南井に話したのと同じような内容を伝えた。
「そんなわけで今まったくお金がなくて、携帯代も払えないの。バカでしょう〜もう笑っちゃって。心配かけてごめんね」
わざと明るく振る舞うと、ふたりはやっぱりか、という表情で、そっと封筒を差し出した。
「これ、私達からの引っ越し祝い」
「えっ…」
中には五千円札が2枚、合計一万円が入っていた。
「これで携帯代払って、残りちょっとだけど、ふたりで何かおいしいもの食べて、元気つけて」
「忍…」
「たぶんそんなことだと思った。なんでもっと早く相談してくれなかったの!? 友達なんだから、困った時は遠慮なく話してよ」
「さとこ…」
「お店もやってないし、病気が落ち着くまではすぐに働けないと思うし、引っ越しもしたし南井さんも選挙負けた後だし、生活大変なんじゃないかって、忍とも話してたの。だけどこちらからも聞きづらいナイーブな問題だから様子みてて…もっと早く来たらよかったね」
そう言われると、張り詰めていた糸が切れたように、涙がひとすじ、あふれてきた。
ひとりで抱えこまなくていいんだ
困ったら助けてって言っていいんだ
初任給でもらったお札より
この日ふたりからもらったお札は
温かくて、大切で、うれしいお金だった。
そして感じた。
お金は豊かさの象徴であり
お金は人を幸せにしてくれると。
この際二度と、お金がない惨めな想いはもう絶対にしない。
そんな想いを、大事な人にもさせたくない。
強く、心に誓った。
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