第六十二話 失って初めて大切なものに気付いた男

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第六十二話 失って初めて大切なものに気付いた男

いつだってオレは、何でも自分の思い通りになってきた。 金も、仕事も、女も。 仕事では多くの人間がオレを敬い、逆らうことなく言うことを守ってくれた。 守らないヤツは自ら辞めていくか、オレが辞めさせた。 邪魔者は社会的に消した。 ほしい女にはプレゼントや旅行を与えれば、みんなオレのモノになった。 飽きたら他の女に乗り換え、また同じことを繰り返した。 成功したやり方を繰り返せば、失敗することはない。 オレの成功は、永遠に続いていくと思っていた。 それなのに なんで咲希はオレのモノにならないんだ。 オレから離れていったんだ。 あんな貧乏人を選んで、バカなヤツだ。 絶対生活が苦しくなったら、オレの元にかえってくる。 そう思ってたのに。 知人を通じて、咲希が南井と結婚したと知った。 なぜだ そんなに結婚したかったのか 結婚って、そんないいものか? 自由を奪う儀式でしかないじゃないか 既婚者を追いかけるようなことをしたら、 法的にも立場上にもオレの分が悪い。 なんだろう 本当に手の届かないところに行ってしまったと思ったら… 急に惜しくなった。 それくらい、咲希はいい女だった。 頭もいいし、美人だし 身体の相性も最高だった。 話していて楽しかった。 浩輝さぁん… って甘えた声で呼ばれると たまらなくかわいくて オレは、ひとまわりも年下の彼女に夢中だった。 彼女が望むものは何でも与えてきた。 海外旅行にも連れて行ったし、 やりたかった料理店も出してやった。 なのに、 なんでだ。 どうしてオレの元から去っていったんだ オレの何がいけなかったんだ さみしさを埋めるために、 他の女ともつきあったが 物足りなくてすぐ別れての繰り返し。 咲希 会いたいよ もう一度 お前がオレの元を去った最後の日、 言われた言葉。 「あなたには人の心がないの。優しさや思いやり、人として一番大事なものが。それが、私の一番ほしかったものなの」 あれからずっと考えてきた。 オレの足りないもの 何でも手に入れたと思っていたオレが 唯一持っていなかったもの。 …そういうことか。 咲希と別れてから、仕事の業績も悪くなっていった。 信じていた部下にも裏切られ、みんなオレの元を去っていった。 もうこれ以上、社長にはついていけない、と。 咲希 お前はやっぱり オレの幸運の女神だ お前無しで オレの幸せはない。 女なんて 誰でも同じだと思っていたのに バカだよな 失って初めて お前がどんなに大切か気付くなんて この前の健康診断で 病気が見つかったよ …膵臓がんだって。 もう手遅れらしい 病気って怖いな 自分の死を初めて間近に感じて、 恐怖しかない。 ひとりが怖いよ 夜寝る前、もしかしたらもう目覚めないかもしれない そう思うと、眠ることもできない。 咲希も、こんな気持ちだったのかな いろんな病気を抱え、 苦しかったのかな それなのにオレは、 助けることも 優しくすることもしなかった。 自業自得だよな 入院してからも 誰も見舞いにも来ない。 別れた妻や子供すら 足を運ばない。 それどころか、 子供たちはオレの遺産を心待ちにするくらいだろう。 父親らしいことは何一つせず 仕事にかまけて家族すら邪険にした。 そんな人生を送ってきたオレの人生の終焉は 孤独に終わるのだろう。 ツー… 涙が頬をつたう。 今までのオレの人生なんだったんだろう。 こんなはずじゃなかった いくら大金持っていても 自分の病気を治す薬も買えない。 いのちも買えない じゃあなんのために 寝る間も惜しんで働いてきたのか 夜の病室のベッド 特別室の部屋でひとり 柴田は泣いて夜を明かした。
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