第六十七話 夫婦というのは所詮他人

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第六十七話 夫婦というのは所詮他人

新婚忍は戸惑っていた。 幸せいっぱいの新生活に。 40年以上も親以外の人間と生活したことはないため、家に誰かがいるという状態に免疫がない。 慣れていない。 対して夫は常に妻子と生活を共にしていたのだから、相手が忍に変わっただけで大きな環境の変化はない。 そのためすんなりと忍との生活に馴染んでいた。 朝目が覚めれば、大好きな人が隣にいる。 最初はそれも嬉しかったが、徐々にみえる現実。 ヒゲは伸び、いびきもかく。 フゴッ そしてその逆も然り。 もしかして私もひどい寝相や、いびきや歯ぎしりなんてしてるのかしら… そう思うとおちおち熟睡できない。 睡眠不足で、溜まる疲れ。 肌はくすみ、目の下にはクマができる。 それをメイクでごまかす日々。 入籍後は夫の扶養に入り、しばらく専業主婦を志し家庭に入ったため、昼寝で睡眠負債を解消する。 あー…ひとりの時間が気持ちいい… 掃除を終えたリビングのソファでゴロン。 至福の時間だ。 そして、一緒に生活するようになって、気づくことがある。 夫婦というのは法律で守られた関係ではあるが、 結局は他人同士。 別々の大人の人間なのだと。 ささいな意見の食い違いやほころびは、 服の裾から出てきた糸くずを引っ張ると伸びていくように、 どんどん収集がつかなくなる。 例えば ひとりに慣れている忍は休日 自分のペースで過ごしたいのに どこに行くにもついてきたいという夫。 近所のスーパーやコンビニさえ一緒にいこうと言い 荷物を持ったりする。 それくらい自分でできるんだけど… 人にしてもらうことに慣れていない。 基本、自分のことは自分でやりたい。 けれど 夫の愛情はくっつき虫のあまえん坊。 こういうのも 夫婦になってからわかったこと。 映画や美術展もひとりで観たい。 余韻にひたりながら、静かに感じたことを噛みしめたい。 だけど夫は違った。 何でも一緒にやって、感想も感情もわかちあい 共有したいのだそう。 この辺りは価値観の違いなので、どこで折り合いをつけるかが焦点となるのだが… 朝食は和食か洋食か 夜に炭水化物を食べるか食べないか デザートはありか無しか 特に食事は毎日のこと。 挙げだしたらキリがない。 夫はお風呂も毎日一緒に入りたいらしい。 忍は恥ずかしいから本当は嫌なんだけど、 「新婚の時くらいあまえたい」 と押しきられ、結局入って背中を流したりしている。 (余程前の結婚ではあまえることができなかったんでしょうね…) 生活費全般も出してもらっているため、 主導権は夫にあるように思え 忍は自分の意見を押し殺し 夫の言い分に表向き従い、願いを聞き入れてきた。 40年以上も続けてきた生活を 突然変えるのは難しい、おたがいに。 あなた色に染まる結婚生活ではなく、 個々を尊重する生活。 それがオトナ世代の結婚では必要なんじゃないかと 感じる忍だった。 こんなこと相談したらきっと、 幸せな悩みだなんて思われそう… 忍は遠慮して、老後同盟メンバーにも口をつぐんでいた。 夫婦といえど、所詮は他人同士。 これまで生きてきた道のりも考え方も違うふたりが共に暮らしていくのだから、 意見の食い違いや生活リズムが違って当然。 その中で重なる部分を認め尊重し、 大切にすることで いい関係になっていけるんじゃないかと。 そう言い聞かせて 忍は手探りで模索するように 思ったよりあまくない新婚生活をあじわっています。
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