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第八話 派遣の処世術
咲希が恋愛漬けの日々を送っているのに対し、忍は仕事ばかりの日常を送っていた。
初めての職場は毎回緊張するわ…
派遣として働いているため、早い時は数ヶ月、長い時でも数年で新しい職場になるのだ。
いい派遣先がない時は短期で間をつなぎ、今回はやっと半年契約にこぎつけた。
本来人見知りな性格なので、こうも環境が変わることはあまり望ましくない。
いつになったら一ヶ所に落ち着いて働けるんだろう…
就職はお見合いと一緒。
おたがいの気持ちが合致して、一生添い遂げたいと思える場所に身をおけたら最高よね。
派遣会社の人事担当者はそんなことを話していた。
私は片思いばかりです…
いくらこの会社に骨を埋めたいと願っても、契約終了とともにお役御免となる。
中には親しくなった社員の人もいて、
自分が社長だったら竹内さんにずっといてもらうんだけど…
社交辞令かもしれないが、そんなことを言ってくれる人もいた。
仕事は丁寧、早い。細かなところまで気がきく。
いつも明るく元気にあいさつする。
そう褒められることもしばしば。
「来てくれて本当に助かったよ。もっと一緒に仕事したかった」
そう言ってもらえるのが、何よりうれしかった。
そして自分のことをちゃんと見てくれて、評価してくれるのもまたうれしかった。
行く先々で、仲良くなり友達づきあいが続いている人も何人もいた。
多くの出会いがあることは、派遣ならではのメリットだった。
職場は仕事する場。お友達作るところじゃないから。
そういう考えの人も多い中、おとなしく聞き上手な性格の忍はその会社に属さない派遣という立場から、逆に社内の人には話しにくいことなどを打ち明けられることが多く、頼りにされ気付けば連絡先を交換し、違う職場に行ってもやりとりしているのだ。
さとこから言わせると、ようは愚痴の聞かされ役になってないか?
と心配されたりする。
見方によっては確かにそうなる。
けれど忍的には、自分を頼ってくれるのがうれしいから、なんてことないよ。
そう笑って返すのだった。
「誰かに必要とされるって、自分の存在を認めてもらえてることだから」
忍は、誰かにただ認めてもらいたくて、多少なりとも無理をしてでも、相手に合わせてしまうのかもしれない。
いろんな職場を転々としていると、本当にいろいろな会社がある。
明るく風通しのよい企業もあれば、古い体質の息の詰まるような企業もある。
当たりかハズレか。
毎回初日はドキドキだ。
どこに行っても心がけているのは、明るいあいさつをすること。笑顔でいること。悪口に巻き込まれない、言わないこと。
この三点を意識していれば、大抵無難に過ごせる。
それが、身についた処世術。
「はじめまして、竹内さんですね?総合事務を担当している松木です。どうぞよろしく。わからないことがあれば何でも聞いてください」
出迎えてくれたのは、三十代後半くらいの爽やかな男性。
ちゃんと名前で呼んでくれた…
ひどいところだと、特に短期契約のところは名前を覚える気もなく、ずっと派遣さん呼ばわりで終わることもある。
私派遣っていう名前じゃないんですケド
そんな時は心の中で軽くツッコミを入れる。
だから、竹内さん、と名前を覚えていて呼んでくれたことは、とても好印象だった。
「竹内さんにお願いしたい仕事は、経理担当者が産休と育休で不在の間、経理事務をメインに行ってほしいのです。ご覧の通り小さな会社なので、他にも就業時間内に雑務を手伝ってもらえると助かります」
丁寧な物腰で、表情も穏やかで優しい。
良かった、今回の職場は当たりだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
「わかりました、よろしくお願いします」
これから半年契約で勤務するこの会社は、従業員10名弱のこじんまりした会社。イベントの企画、運営をしており、社員の人は土日も勤務しているが、忍の勤務条件は土日祝休みで残業無し。
理想的な条件だった。
打ち合わせなどで一部の人は出払っており全員が揃うのは夕刻ということで、朝礼やあいさつはなく早速仕事に取り掛かる。
「データ入力と確認終わりました。チェックしていただけますか?」
「えっ、早っ。どれどれ…」
慣れないうちは必ず確認してもらい、ミスのない仕事をすることを自負している。同じ業務でも、その会社によってやり方など多少違う独特のルールなども時にあるからだ。
「素晴らしい…完璧ですね。それをこんな短時間で…優秀なんですね」
ここまで褒められると恐縮する。
「以前の派遣先と同じソフトを使用していたのでやりやすかっただけです。他にも何かやっておくことありますか?今する書類業務がなければ、給湯室の整理などもさせていただいてよろしいでしょうか」
さっきトイレに行った時、洗い物などが溜まったいたことに気付いたのだ。
「それは助かります。うち男性社員が多くていろんなところが結構雑なんで」
許可をもらい、雑務に励む。
イベント企画の会社ということで繁盛期にムラがあり、そのため経理関係も請求が発生しない時はそんなに時間はかからなかった。
まぁ月末などがどうかというところだが。
思ったより楽かもしれない、たまにはこんな派遣先もいいか。
給茶機の茶葉の補充などをしながら、忍はきれいなオフィスを見渡した。
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