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観客席からは歓声と拍手が送られた。会場全体の興奮が増していることが空気感で伝わってくる。
【盤上の目】。アレンは自身のこの能力をそう名付けた。前世の記憶を思い出したときに突然閃いた能力だ。発動すれば自分を含む四方の空間が3次元的な盤面へと切り替わる。前世の記憶で言うところのテーブルゲームやボードゲーム、あるいは最も近いのはSRPG──シミュレーションロールプレイングゲームだ。
一般的なRPGとは違い、マス目上に区分けされたフィールドの上をユニットが入り乱れ動き回り、戦う。ゲームのプレイヤーは戦術を駆使してあるいはユニットを成長させて盤面を支配し、敵に勝利する。アレンの見ている世界はそれと酷似していた。
言わば無秩序の現実に無理矢理秩序を与える力。どこから攻撃されるか、誰から攻撃されるか本来ならば予想不可能な世界を、今のアレンは予想可能な世界に変えることができる。
「悪運のアレン」──そう呼ばれているのは力も技術も何もないアレンが10年以上も、闘技場のなかで生き抜いてこれたことが一種の奇跡として認識されていたから。だが、実際にはひっそりと能力を発動させることで生きてきた。
「逃げろ! アレン!」
(言われなくてもわかってるよ、グリング)
闘技場にいるユニットの中で唯一グリングだけは青色を纏っていた。赤色が敵ユニットならば、青色のユニットはアレンにとって味方を示していた。
グリングはこれまでもずっとアレンとともに戦ってきた。というよりも、グリングが幼いアレンを庇護してきたと言った方が正しい。10歳にも満たない年齢で闘技場へ売り飛ばされたアレンを守り、戦いの手ほどきを教えてきたのはグリングだった。
大きな音とともに魔法で創られた石壁にヴィポの拳の跡がくっきりと浮かび上がった。通常の手段では石壁など簡単に壊せるものではないが、ヴィポの腕力と硬さなら話は変わってくる。突破までは短時間しか稼げない。
ユニットの移動範囲が示される。ヴィポと他のユニットのオレンジの攻撃範囲は十分に重なっていた。アレンは移動範囲外の一歩外に避難すると、グリングの方を振り返った。何度目かの重い打撃によって石壁にヒビが入っている。
(頭に血が上っているな。わざわざ石壁なんて壊す必要はない。回り込んで攻撃した方が楽だしよっぽど速い)
真正面からヴィポに挑んでも勝ち目はない。冷静な状態なら。手傷を負っていなければ。もしかしたら万が一にも、怒り狂った状態ならば倒すことができるかもしれない。
(──と、他の奴隷たちがそう思ってもおかしくない)
石壁を灰色の拳が抜いた。次の瞬間には雄叫びが上がり、身体ごと突き抜けてくる。その脳天めがけてグリングは思い切り鉄製の鈍器――メイスを振り下ろした。
グリングのメイスは、全部が木で構成された棍棒と違い金属製の頭部と柄からなる殴打用武器。金属と同様硬い物質で構成されているヴィポにはそれなりのダメージを期待できる武器だった。
「いってぇな、ちくしょう!!!」
それでもダメージはあまりない。普通なら昏倒してもおかしくない一撃を食らったのにヴィポは素手でメイスを掴むと、そのままグリングの身体ごと振り回した。おもちゃで遊んでいるかのように簡単にグリングの体が地面へ放り投げられる。
「グリング……おいぼれ犬め。まあ、いい。そこで大人しく倒れてるなら今回は見逃してやる。問題はぁ……アレン! てめぇだ!!」
ヴィポはアレンを指差し、片方残った黄色の瞳をカッと開いて睨みつけた。
「許さねぇ、許さねぇ、この俺の目をよくも……よくもっ!!」
またも雄叫びを上げて突進してくるヴィポの体を分厚い炎が覆った。
(作戦、成功だ)
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