奴隷の扱い

4/4

15人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
 扉の外から声が聞こえていたときから不吉な予感はしていた。関わってはいけない存在だと。闘技場は生死を問わない戦いの場所。アレンのように幼くして放り込まれた男の例は存在するが、女奴隷は今まで見たことがない。アレンよりも長く生きている何でも屋の店主が驚いているということは、これまで一度も例がないことなのかもしれない。  それだけでも「訳あり」なのは理解できた。それに飢えた野獣のような男しかいない闘技場に投げ込まれればどんな事態になるかも実年齢37プラス18のアレンには容易に想像できる。理性でコントロールできない戦場という場は、人を悪魔にも化け物にも変えてしまう。 「おい、おい! 見ろよアレン! ありゃ上玉なんてもんじゃねぇぞ! 絹みたいにキラキラ光ったブロンドヘアに、吸い込まれそうな青い瞳、肌も吸い付きそうなほど滑らかで、おいおいおい! なんつープロポーションだよ! アレン見ろって!」 「……」  アレンは黙ってモノクロの新聞を読む──振りをしていた。内心は動揺し、その心の乱れを隠すために必死に無表情を貫いている。  扉の外での威勢の良さ。激しく喚く声からは意思の強さと正義感が溢れ出ている。不当な扱いを理不尽な仕打ちを許せず立ち向かい真正面から反抗できる、そんな強さ。 (訳ありどころじゃない。あれは──地雷だ)  闘技場に来る奴隷には2つのタイプがいる。現状に甘んじ生き抜くことを優先する者か、現状に逆らい戦うことを優先する者か。生き残るのは大抵の場合、前者だ。  稲妻が落ちるように、風穴が開くように、突然、扉の外から現れ出た奴隷は後者の戦うことを優先する者。それに女だ。長年生き逃げてきたアレンのセンサーが「決して関わるな」と警告音を発していた。 「いや〜思わず(よだれ)が出ちまうぜ! どこぞの王女様でもおかしくねぇ! 月並みだがよ、スラッとした足に細いくびれ、それにお前あの豊満な胸! かー堪んねぇな!! おい!」  前世では決して聞くことのできないであろう地獄のような表現を聞き流しながら、アレンは心の中で女奴隷がそのまま住宅区の方へ連れて行かれることを必死に祈っていた。相変わらず激しく抵抗し、(ののし)る声はどんどんどんどんと大きくなっていく。 (そのまま行ってくれ。俺に気づかず、頼む!) 「ちょっとあんた! 知らん振りして新聞読んでないで助けなさいよ!!」  アレンの願いは空しく神に届かなかった。もっともアレンはこの国の神など最初から信じていなかったが。 「聞いてんの? 無視? こら! こっち見なさい!」  抵抗もできずに新聞が取り上げられてしまい、アレンの色のない黒い目が宝玉のような碧い瞳とぶつかり合う。新聞で見た以上の凛とした力強い瞳は、どこまでも広がる青空を連想させる。前世で見た雲一つない青空、闘技場から見える切り取られた青空。  女は不意に微笑んだ。 「なんだ、あんたみたいな若い人もいるのね。名前は?」 「……名前?」 「そっ、名前。奴隷でも名前くらいはあるでしょ? 私はね──」 「おい! 行くぞ!!」  後ろにいたギルド員がしなやかな金色の髪の毛を掴むと、その体を引っ張った。 「いっ、何するの!? やめて!!」 「いいから! 来い!」  痛いはずだ。無理矢理髪を引っ張られるなんて、相当な痛み──そう思いながらアレンは連れて行かれるのを目で追うことしかできなかった。  やがて声が遠くなると、何でも屋の店主が口を開く。 「かーやっぱ闘技場に連れてこられるなんて伊達じゃないね! 強気、強気! あの女、涙一つ流しやしなかった! こりゃあ、面白くなるぞ!」  女の手から離れた新聞が風に乗ってアレンの元へと飛んでくる。アレンはそれを手に取ると、1枚の紙切れのように新聞を掌の中に丸めて潰した。視線はまだ住宅区の方を向いていた。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加