波乱含みの盤面

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「さぁて、誰から行く? ん?」  運悪く今回も当たってしまったのはヴィポだった。灰色の半巨人は舌舐めずりをすると、値踏みするように少女の身体に視線を這わせる。 「誰でもいいぜ、こんな女チョロいもんだ」  別の声が応えた。 「じゃあ、一斉にかかるのはどうだ? 全員、本当は自分がいきたいんだろう?」  誰かの下衆な提案を受けて一人ずつ少女ににじり寄っていく。アレンの目には一マスずつ着実に少女の陣地へと近付いていくのが見えていた。  アレンは鈍色のナイフを手にするも、後ろにも前にも動けないでいた。勝ち筋がまだ見えない。場を支配するボスキャラは変わらずヴィポであるものの、倒す手段はないし唯一の味方も失い立ち向かう術もない。自分一人だけがこの場で勝ち残るためには他の全ユニットに協調すればいいだけだが、何かが強く拒んでアレンの動きを止めていた。 「来るなら来なさい! 全員斬り捨ててやるわ!」  少女は長い髪を揺らしながら左に右にと剣を振るうも、剣筋が素人同然なのはここにいる誰の目にも明らかだった。  「どうしたぁ? アレン行かないのかぁ?」  隣にいた奴隷が声を掛けてくる。地の精霊の血を引いているのか、通常よりもかなり背の低い、褐色の肌からおそらくはドワーフ族の奴隷。 (俺は……) 「大丈夫だぁ、噂に聞いたけど、今回の戦いは特別仕様。女を慰み者にして終わりだとよぉ。へへ、初めてでもよぉ、そんな腰引けてどうすんだ? こういうことは欲望に任せりゃいいのよぉ!」  その様を想像してアレンは目を瞑る。思わず身震いする自分がいた。 「じゃあ、俺は行くでなぁ」  何も言わないアレンに興味がなくなったのか、髭面の小人は自分よりも大きな斧を担いで横を通り過ぎていった。  その間にも「やぁ!」だの「たぁ!」だのソプラノの高い声が闘技場に発せられる。 「へへっ、さぁてまずは身ぐるみ剥がしちまうか!」  ヴィポの野太い声にハッとして目を開くと、少女と目が合う。次の瞬間には、ヴィポが少女の領域に侵入し、素早く後ろへと回った。 「やぁあ!!!」  空を切った剣を後ろから重い拳がはたき落とすと、ヴィポは少女の両腕を持ち上げて羽交い締めにする。 「は、放しなさい! 今すぐ! 汚い手で私に触らないで!!」 (──逃げろ) 「威勢がいいなぁ。やる気がむくむくと大きくなる。でも、これで……どうかな?」  少女の剣を拾った男が斜めに斬る。スパン、と着ていたローブと布の服が切れて胸元がはだける。 (……逃げろ) 「面白いな! 俺にもやらせろよ! はぁっ!!」  別の奴隷が2回剣を振るうと布地はズタズタに切り裂かれて大勢の観客の前で真っ白な下着姿が露わになった。指笛や卑猥な笑い声が会場中を包み込む。 「逃げろ」  アレンは気づかぬうちに呟いていた。ナイフを持つ手が震えているのを見て、自分の状態が冷静じゃないことを知る。 (落ち着け。ただのショーだろ。こんなこと、いやこれ以上のことも戦場では何度も起こっている。どの時代も兵士はまともじゃいられない。頭のどっかがおかしくならなければ日常的に命をかけたやり取りなんてできるわけがない。こんなの、こんなの生き逃げるためには当たり前のことだ) 「さぁて、そろそろ、その可愛い顔にでも──」  脂ぎった男の顔に唾が飛んだ。少女はキッと睨みつけた。 「恥ずかしくないの!? ──まあ、そうよね! 一人の女に寄って(たか)って! あんたみたいな男は一人じゃなんもできやしない!」 「な、何だと、てめぇ!」  続けて少女は闘技場全体を見回して吠えた。 「いい!? ここにいる全員、恥を知りなさい!! 日もまだ高い朝から、むさ苦しい男たちに捕まってる女を見て何が楽しいのよ! 私がピーピー小鳥みたいに鳴くとでも? 舐めんじゃないわ! 私は絶対に屈しない! 諦めない! 噛み付いてでも呪ってでもあんた達全員を殺してやる!!」  一気に怒号が飛び交う。囲んでいた奴隷たちは全員が得物を手にして少女の声を封じようと訳の分からぬ声を上げて凄んだ。 「全員、黙れ!!!!」  ヴィポが会場中を震わすような大声を出した。一触即発だった雰囲気は消え去り、静かになる。  黄色の瞳がアレンの方を見た。 「アレン、来い。お前がやれ」
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