投獄と処刑

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 また牢獄に戻ってきた、と男は思った。目にかかるほどに伸びた黒髪の隙間から注意深く周りを見渡すと、うんざりしたように深いため息を吐く。  以前は見渡す限りいかにも安そうな灰色の石で積み上げられた石壁だったが、今は高級感を感じる白いレンガの壁に囲まれている。 (環境は最高だが、扱いは最低だな)  両手両足が後ろの壁に鎖で繋がれている。鎖は肌に食い込み、赤く腫れていた。細身の身体が余計に痛々しさを増している。羽織っている黒い薄手のコートは、あちこちが擦り切れ穴が空いていた。  無造作の黒髪にまるで生気を感じない色のない黒目、齢18には見えない少し幼い顔つきのアレンは、『奴隷主からの逃亡』、『虚偽の新聞の発行』、『ギルド及び国家への反乱』の3つの罪で国の治安を維持する聖ギルドによって身柄を確保され、この牢まで連行された。  死刑と宣告された。それも見せしめのための公開処刑だ。準備はすぐに執り行われ、もう間もなく処刑台へと連行される。 (たぶん、ギロチンのあれだろう。国家転覆を目論む内乱罪は歴史的に見てどこの国でもほとんどが死刑だ。まあ、そのせいで革命が成功したら、元王族達は同様のやり方で処刑されてきたわけだが──)  コツコツコツ、と複数の高い靴音が階段を降りてくる。鉄の鎧を身に着けたギルド員だ。アレンの顔に緊張が走る。生唾を飲み込むが、苦い味しかしなかった。 「時間だ」  鉄牢の鍵が開けられ、2人の男が中へと入ってきた。大柄の方の男は近付いてくるや否や剣の切っ先を首に突き付けた。鈍い銀色の刀身が光る。 「わかってるだろうが、これ以上の抵抗は無駄だ。大人しく、そして潔く死ね」  もう一人の男が鎖を解いている間、アレンは無表情だった。2人がどんな顔をしているのか見ようとしたが、兜で覆われていて顔は確認できなかった。 「行くぞ」  剣を抜いた男が先を行き、もう一人に後ろ手を縛られた格好で牢をくぐり階段を上っていく。外の光に全身が包まれていく。  光の下へアレンの姿が現れ出ると、人々の大きな罵声が聞こえた。処刑台の置かれた広場には、人間も亜人種も、大人も子どもも関係なくすでに多くの人々が詰め掛けていた。これから行われるショーのために。  目を細めたアレンが処刑台に目を向けるとそこにあったのはやはりギロチン。 (確か、いかにも残酷そうに見えるが苦痛を与えないために開発されたとか。……前の世界では) 「何をしている歩け」  背中を押され、バランスを崩したアレンは地面に転がる。その様子すら可笑しいのか、処刑を見るために集まった群衆の一部から笑い声が聞こえた。 「アレン!!」  笑い声を掻き消すように一際高い声が飛ぶ。アレンが声のした方向を見れば、人混みの中に輝く金糸のような長い髪が見えた。 「ダメ!! 待って、アレン! 避けて、みんな避けて!!」  人混みを掻き分けて前へ現れたのは、たなびくブロンドヘアに力強い意志を感じる碧眼の女だった。 「おい、あれって……」「ああ……」 (エミリア……このタイミングで)  アレンに集まっていた注目が、一斉に集団の先頭に躍り出たエミリアへと向かう。大勢の視線を気にする様子もなく、その目はアレンに注がれていた。 「待て!!」  さらに一歩前へと進もうとしたそのとき、ギルド員がエミリアの華奢な腕を掴んだ。きっと睨みつけるとエミリアは吠えるように声を上げた。 「離しなさい! 卑怯者! アレンは──アレンは何もしていない!! あなたも知っているでしょう! 本当に悪いのはあの──」  パンッと鈍い音が響く。ギルド員がエミリアの頬を叩いたのだ。エミリアの身体が地面へと倒れ込み、砂埃が舞った。 「行くぞ」  アレンの頭上から冷厳な声が命令する。一歩一歩処刑台へと近付くにつれて一度は静まり返った広場が再び騒がしくなっていく。  処刑台の前に立ち、アレンは頭上を見上げた。これから自身の首を切断する鋭利な刃が太陽の光を受けて輝いていた。処刑台の後ろにはずらりと屈強そうなギルド員たちが立ち並び、その中から灰色の肌を持つ巨体がにやけ顔で前へと進み出てくる。 「アレン! 逃げて!! アレン!」  群衆の異様な熱気の前にエミリアの声はもうアレンへは届いていない。 「アレン!!」  アレンはちらりと後ろを振り返ると、すぐにまた前を向いた。優にアレンの2倍を超える背丈の灰色の男は、アレンの胸元を掴むと赤子のように軽々と持ち上げた。蛇を思わせる黄色い瞳が愉しそうに見開かれ、開けた口からはアルコールと血が混じったような不快な臭いがした。 「悪運のアレンもいよいよこれで終わりだな。特別に許可をもらってな。俺様からお前に刑を宣告してやるよ」  アレンはいつもの通りに無表情を作った。内心を悟られないためには表情を隠すのが最も有効だった。 「奴隷主からの逃亡──大罪、偽の記事をでっち上げて新聞で広めた──人心を惑わした罪で大罪、そしてギルド、つまり国への反逆──大大大大大罪だ! よって、お前はここで死ぬ!」  下卑た笑い声が弾けた。呼応するように群衆から歓声にも似た声が上がった。幾重もの声が重なり合い、アレンの身体を震わせる。  アレンは心の中でほくそ笑んでいた。 (……残念だが俺はまた生き逃げる。生き逃げるために正面から戦うと、そう決めたからな)  一度目を閉じると、アレンは両目を大きく見開いた。  
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