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小鳥の囀りが聞こえる。雀かその類の鳥だった。身体の異変とともに目を覚ますとアレンは、右腕に妙な重さを感じて顔を上げた。
エミリアがアレンの右腕を抱いて枕代わりにしていた。まだ本人も気づいていないのか、幸せそうな寝息を立てて夢の世界の中にいる。明るい太陽の光の下、間近で見る顔かたちはやはり整っており、赤味が差す頬は以前読んだ本に出てきた女神を連想させた。
(俺のスキルを使うと言っていたが、いったい何をどうしようというのか? 正義感は暴走するほど強いが、肝心の策略が果たしてあるのか)
じっとアレンがまだ幼さの抜けきらない顔を見ていると、エミリアの整った瞼が上がった。目と目が合う。思わず、アレンは視線を外してしまった。
「なに? えっ? 私──いや、違うからね! たまたま偶然よ! 寝ているときって意識ないんだから何をしてるかわからないじゃない!」
「……そうだな。寝ているときと意識ないは、この場合ほぼ同じ意味だと思うが」
「うるさい!」
肩を軽く叩くと、慌てたようにエミリアは立ち上がり佇まいを直す。アレンも胸に手を当ててそっと息を吐くと立ち上がり、小屋の扉を開けた。眩しいほど真っ白な外の光が差し込んでくる。
(まさかの動悸がする。心は大人でも身体は18歳のままってことか? 何にせよ──)
「行こうか、ブラックマーケットに」
*
元いた世界に換算すると、闘技場から徒歩30分ほどの場所にブラックマーケットはある。買い物に来るのはスラム街の住人が大半を占めるが、中には平民やそれから貴族も訳ありで正体を秘匿して訪れることもあった。
アレンとエミリアはギルド員の姿に警戒しながら、左右を高い赤煉瓦の塀に囲まれた砂利道をマーケットの入口まで進んでいた。
「キョロキョロしてどうしたの?」
「いや、本で読んだ通りだなと思って」
アンフィテアトルムの街並みはどこも塀に囲まれていた。外から敵が攻め込んできたときに簡単に侵入を許さないために入り組んだ複雑な構造にしているらしく、大人の背よりも高い塀に囲まれた道は、馬車1台が通れるかどうかといったところでまるで迷路のようだった。
「本って……やっぱり闘技場の外の記憶はないの?」
「ない。両親の顔すら覚えていない。むしろ、前世の記憶の方が鮮明なくらいだ。エミリアはどうなんだ? 記憶があるのはいつからとか」
「私?」
エミリアは歩きながら天を見上げた。今日も青空が広がっており、歩くだけでも少し汗ばむ暑さだった。アンフィテアトルムの夏は、いつも暑い。とはいえ、湿度は低くカラッとした天気で時折吹く風は心地よかった。
「私は、気付いたら奴隷を運ぶ馬車に乗せられていた。女の子たちばっかりだったわ。いろんなお店の前で何度も止まって。その度に一人ひとり降ろされて無理矢理連れてかれていた。混乱していたから何もできなかったけど、今の私なら全員とまではいかないけど何人かは救えていたかもしれない」
「そうか」
アレンが一言、冷たく聞こえるような返事で済ませたのは、エミリアが暗に言いたいことが理解できたからだ。女の奴隷の行き先はほぼ決まっている。その先は決して明るい未来は開けないだろう。
カーブになっている道に差し掛かったところでアレンは足を止めた。
「? 何? どうし──」
「静かに。ギルド員だ。それも複数いる」
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