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「それでは手続きの方を──」
事務的な受付嬢の話を遮ってエミリアが声を荒げた。
「冗談じゃないですよ!! なんでギルド員になんてならなきゃいけないんですか! 私はみんなを理不尽な目に──」
「エミリア、少し黙ってろ」
アレンはエミリアの後ろに回り両手で口を塞いだ。もがもがと口を動かしているが、何を言っているのかまでは判別できない。
1階にいたギルド員らの不躾な視線が集まり、辺りは静まり返っている。理由はどうあれここで騒ぐのは適切ではなかった。
「簡単なことだよねぇ」
と言いながらずっと黙っていたシリルが2人の前に出る。相変わらず灰色のフードの中はよく見えないが、猫科の動物を想起させるにやりとした笑みが神経を逆撫でする。
アレンは唇を軽く噛んだ。今感情に任せるのは得策ではない。
「ギルド員にならなければ新たなスキルを身に付けることができない。スキルを手にしなければ強くなれない、そう単純な話だ」
(……感情を抜きにすればな)
「そうです。それに──」
クラーラはアレンとエミリアに近寄ると口の横に片手を当てて小声で話した。
「ギルド員になればギルドに出入り自由。任務を引き受ければ行った先々でギルドの事情を聞くこともできる。敵の懐に潜り込むことは目的達成のための近道のはずです」
「わかりましたっ!」
口を押さえていた手が勢いよく剥がされた。キッとエミリアはアレンを見据えると、その手を引っ張ってぐいぐいと外に連れ出そうとした。
「アレンと少し話をしてきます」
「わかりました。ですが、それならギルドの屋上のバルコニーはどうでしょう? この時間なら誰もいないでしょうし、ロマンチックな雰囲気もありますよ」
周りにお花が飛んでいそうなクラーラの平和な笑顔に対してエミリアの顔は太陽のように真っ赤になった。
「ロマ──そ、そんな話はしません! でも、せっかくなのでお借りします!!」
「あっ、おい!」
「いいからついてきて!」
ギルドの中央に位置した白い螺旋階段をエミリアに手を繋がれたままアレンは上がっていく。1階は、依頼や任務報告、その他事務手続きなど各種受付が置かれており、2階にはスキルや武具防具、アイテムなどを取り扱うフロア、そして3階は食堂兼休憩スペースとなっており、さらに上階がクラーラが言っていたバルコニーになっていた。
夏の陽気に誘われるように色とりどりの花が咲いている。
エミリアは周りに誰もいないことを確認すると、ベンチに向かって歩き進め、アレンをベンチに座らせた。エミリアが隣に座ったところでやっと手が解かれる。アレンが手を見れば汗でびっしょりと濡れていた。
「クラーラさんはあんなこと言ってたけど、勘違いしないで! そういう話をしに来たわけじゃないから!」
エミリアの青い瞳が真剣にアレンを見つめる。今の空と同じように澄み切った瞳は、太陽の光を吸収していつぞやのように力強く輝く。
「わかってるよ。ギルド員の話だろ?」
アレンは今度は瞳から逃れないように真っ直ぐに見つめ返した。
「そう。クラーラさんの言うことはわかるの。ギルド員になればいろいろと便利になると思うから。……でも、はっきりとさせておきたいの」
「何をだ? 目的か?」
「違う。私とあなたの関係よ」
(俺との関係?)
「ここから先、ギルド員になったらもう戻れない。闘技場から逃げるときは成り行きに任せるしかなかったかもしれないけど、ギルド員になるかならないかは自分の意志で決められる。わかるでしょ?」
「……何が言いたい? はっきり言ってくれ」
そよ風が吹いた。綺麗に整えられたエミリアの前髪が柔らかく揺れる。改めて面と向かうと、エミリアの美しさが際立っていることにアレンは気が付いた。奴隷とは違い、風呂にも入り髪には櫛を通し、化粧をすることもできる。食事も健康的なものが食べられるようになり、たった数日でもエミリアはおそらくは元の健康状態を取り戻していた。
エミリアの顔がぐっと近付く。唇に引いた紅がいやがおうにも目がいってしまう。
「氷漬けになる前、アレンは言ってた。成り行き上、一緒に行動してただけだって。今も、そうなの?」
「あれは──」
違う、と言いかけて端と気が付いた。当てはまる言葉がないことに。エミリアに対する言葉が見つからないことに。
エミリアは真面目な面持ちのまま言った。
「私は、そう思わない。アレンは私を助けてくれたし、私だってアレンを助けた。私達はもう仲間──そうじゃない?」
(仲間──か)
首元がこそばゆくなるような響きだった。どこか青臭い子どものような。
アレンは色のない目を瞑った。
「──他に代えられるような言葉は見つからないな」
不意にエミリアが悪戯っぽい笑顔になってアレンの手に触れると、アレンは反射的に視線を逸らしてしまう。
「仲間ね。逃さないから」
「決まったのなら、もう行くぞ! 長く待たせていたら怪しまれる」
「待って!」
エミリアはアレンの手を掴んだ。
「私は、今のギルドを絶対に許せない。奴隷を敷いて娯楽にさせていることはもちろん、スラム街のみんなも虐げられている。街には──この国には自由がない。だからこのギルドを変えようと思うの」
「……生き方は自由だ。だが、俺はゴッド・ランスに入る気はない」
「それでもいいわ。だけど、あなたの力はもう私のものだから、必要なときには使わせてもらうわ」
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