ギルドの理

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 1階で待ち構えていたクラーラとシリルににこやかな笑みを浮かべるとエミリアは、「ギルド員になります」と一言告げた。  その後は事務手続きに入る。出された用紙に必要事項を記入していく。 ─────  氏名 アレン  人種 人間  国籍 無国籍群  得意武器 なし  魔法 なし  スキル なし  職歴 なし  趣味 新聞、本を読むこと ─────  簡単なプロフィールなのに書けることが少なくアレンは苦笑いした。よくもまあ、この状態で戦ってきたものだと思いふと隣のエミリアの方を見ると、こちらもほとんど書けていなかった。  アレンの視線に気づいたエミリアは紙を手に取ると胸の前で隠した。 「なによ、見ないで!」 「いや、ほとんど何も書けていないなと思って」 「うるさいわね! これから強くなればいいの! あなただって同じようなものじゃない!!」 「確かに、そうだ」 (強くなる環境は整った。あとはここから、強くなればいい、か) 「お二人とも書けましたか?」  業務的なスマイルを見せる受付嬢ディアナに紙を渡す。 「アレンさんにエミリアさん。なるほど、お二人ともスキルも魔法もこれといって使えないのですね。職歴もなし……と。うーん、これだと適性が何もわからないですね。お二人は何か、目指すところはないですか? できれば具体的な職業を言ってもらえるとイメージがつきやすいんですが」 (職業。あれか、魔法使いとかシスターとか戦士とかそういうゲームのジョブみたいなものか?)  腕を組んで思案し始めたアレンをよそにエミリアは「とにかく強くなりたいです! 強くなれれば何でもいいです!」と食い気味に返事をする。 「あはは……とにかく強くなりたいとのことですね……あの、アレンさんは?」  ディアナは曖昧に笑って首を傾げると、助けを求めるようにアレンを見た。 「新聞記者」 「えっ!?」 「今まで散々戦ってきたから、特に戦う仕事に魅力は感じない。だから、新聞記者がいい、と」 (この世界にはまだカメラはないようだし) 「あっ、はい、ははっそうですか。お二人ともひとまず適性を知るところから始めるのがよさそうですね。2階の【ルーム】に行きましょうか」 「ルーム?」 「ルームはギルド員の適性を知る部屋だよ~。これまでの魔法研究の(すい)を集めて、ルームの中にある水晶球に触れるとギルド員の適性がわかるようになっている。だいたいそこから自分の適性に合ったスキルや魔法を習得して能力を高めていくのが常道かな?」  シリルが早口で解説に入る。振り向いたアレンがフードの下の目を覗こうとすると、自然と距離を開けられてしまった。 「ボクも行くよ。実戦の話なら、ボクの方が得意でしょ? クラーラさんは何かと忙しいしさ!」 「……構わないが、その水晶球とやらに触れると他の者にも適性が筒抜けになるのか?」 「ならないよ~! 適性がバレたら不利になることもあるからね! ルームの外にいる人間には絶対にわからないから安心してもらっていいよ!」  シリルのフードをじっと見つめると、アレンは「わかった」とだけ答えて身体を翻した。 「では、行きましょう。どんな結果が出るのか楽しみですね!」 *  水晶球のある部屋はギルドの他の部屋に比べて簡素な作りだった。部屋の真ん中に置かれた机に真っ白に輝く球が置かれているだけ。窓もなく確かに外からは情報が漏れる心配はなさそうだった。 (とはいえ……だ)  水晶球を前にしてアレンはシリルの顔を思い浮かべる。アレンにはモニカが付いているが、エミリアにはまたシリルが付いていた。訓練や街の散策にエミリアが出掛けるときには常に一緒に行動しており、アレンはまだシリルが何者なのか把握できていない。態度も性格も、そして狙いも。 (クラーラのように少しでも戦力を増やしたいという目的があるわけではなさそうだが、かといってモニカのようにお人好しなわけでもない)  気にかかっていたのは、氷による二度の攻撃。 (一度目、闘技場のときには青色のユニットになっていたのに対して、ギルド員との戦闘時には赤色のユニットになっていた)  単純に考えるならば、味方であるときと敵であるときがあるということ。詳細は未だ不明だが。 (注意したことにこしたことはない。素顔すらまだ明らかにしたくないようだしな)  躊躇いながらもアレンは水晶球に手を伸ばした。触れるか触れないかくらいのときに水晶球は黒く光を帯び始める。澄み渡った水に黒い絵の具を混ぜたように、薄っすらと色が広がっていく中に文字が浮かび上がった。 〈解析を開始する〉  アレンは手を離し、羅列される文字情報を一文字も逃さぬように慎重に読み進める。 〈種族──人間いわゆるヒューマン〉 〈国籍──該当なし。無国籍群〉  受付で書いたものと同じ情報が示されていく。 〈職業──剣闘士奴隷、ギルド員〉  そこから先の情報はエミリア以外誰にも明かしていないものだった。 〈特記事項──異世界転生者いわゆる前世持ち〉 〈過去の職業──エラー適切な言葉が見つかりません。再検索をかけて最適な言葉に代用します──新聞──新聞挿絵絵師、新聞記者〉 (合ってる合ってる)  優秀な機械のようだ──とアレンは思った。膨大な経験と知識をループし、未知の事態にもできる限り類推して対応できるようにしている。  水晶球はさらに続けた。 〈ユニークスキル所持──【盤上の目】と名付ける〉  盤上の目の細かな説明が続き、最後に適性が表示された。 〈以上のことから、軍師・参謀あるいは後方支援に適性あり〉 「……なるほどな」 (むしろ前に出て戦うのは向いていないということか) 「さて、どうしたものか」  アレンは一人にやりと笑った。力がないという失望感はほとんどなく、むしろ納得感が心を満たしている。 (生き逃げるためにこれほど最適な力はないということだ)
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