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完成したと思ったのに
「よし、これで一通り完成だな」
「やったぁ!」
最終図面をチェックしていた黒瀬さんが言い、池戸さんと私はハイタッチした。
期限ぎりぎりの金曜日。実施設計がようやく終わったのだ。
もちろん、これから微調整は必要だけど、これで工事に入れると思い、とりあえず、肩の荷が下りた。
「お疲れさん。図面は送っとくから、二人とも今日はもう帰っていいぞ」
「土日月って休んでいいですか? このところ彼女をほったらかしだったから、さすがにケアしないと」
「もちろんだ」
池戸さんが黒瀬さんに確認した。
先週は期限に間に合わせるために土日も働いていた。さすがに今週末は休んでもいいらしい。
「やった、三連休だ!」
無邪気に喜ぶ池戸さんを見ながら、私は伸びをした。
洗濯物も溜まってるし、ようやくゆっくりできると。
「じゃあ、俺はこれで失礼します」
「お疲れ様でした」
「また来週」
池戸さんはうきうきと帰っていった。
私も帰る準備をしながら黒瀬さんに聞いた。
「うちの会社にも図面必要ですよね? 会社に寄ってから帰るので、ついでに届けましょうか?」
データで送った上で、確認用に出力したものも必要なはずだ。
このタイミングでは宅急便は間に合わないから、黒瀬さんはバイク便で送るつもりなのだろう。でも、めんどくさいし、費用がもったいない。
「それは助かるな。印刷するまで待てるか?」
「はい。コーヒーでも淹れて待ってます。黒瀬さんも飲みますか?」
「飲む」
彼が図面を出力している間に、私は給湯室でコーヒーを淹れた。
ここにはちゃんとしたコーヒーメーカーがあって、豆から挽くので、美味しいコーヒーが飲める。
ガガーッと音がして、ミルがコーヒー豆を挽き始めると、こうばしい香りが漂った。
こぽこぽと溜まっていくコーヒーを眺めながら、ぼーっとする。
(よく働いたなぁ。しかも、ずいぶんレベルアップした気がする)
充実感に疲労さえも心地よく感じる。
コーヒーをマグカップに注いで、冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。
私はブラック派なんだけど、黒瀬さんはいつもフレッシュではなく牛乳を入れるからだ。
牛乳を入れたほうを黒瀬さんのところに持っていく。
「あぁ、ありがとう」
受け取った黒瀬さんは一口飲んで、「うまいな」とつぶやいた。
そして、ニヤッと笑って、私を見る。
「瑞希ちゃんもすっかり俺の好みを覚えたな」
「そりゃあ、毎日見てましたからね」
「俺のことを?」
「コーヒーの淹れ方です!」
久しぶりの名前呼びにうかつにもドキッとしてしまう。
なにげなく流すと、彼は意外とでもいうように片眉を上げた。
「名前呼びでも怒らないんだな?」
「……まぁ、それなりに親しくなったというか、以前と違うから……」
私はごにょごにょと弁解した。
実際、もう嫌悪感はなかったのだ。
黒瀬さんは破顔した。
「瑞希ちゃんの許可が得られる日が来るなんてな。感慨深いな」
「あ、でも、”ちゃん”は止めてください。なんだかオヤジ臭いですよ、黒瀬さん」
「ひでーな。じゃあ、瑞希、でいいか?」
ドキンと大きく心臓が跳ねた。
さっきの比ではなくトクトクと鼓動が早くなる。
でも、そんなそぶりは見せないで、私はそっけなく答えた。
「どうぞ、ご自由に」
ポーカーフェイスが見抜かれたのか、黒瀬さんは口角を上げて、いつものニヤリとした笑いを見せた。
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