完成したと思ったのに

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 するりと私の頭をもうひと撫でしてから、黒瀬さんは目を細めた。  トクンと胸が高鳴る。  そんな顔をされるとどうしたらいいかわからなくなってしまう。  慌てて目を逸らし、パソコンに向かった。  それからはお互いに無言で設計を続ける。  大幅な変更だったので、つじつまを合わせるために、全体に手を入れないといけなかった。  途中、おにぎりを食べ、眠気覚ましを飲み、ひたすら手を動かす。  気がつけば、朝方になっていた。   「瑞希、一度休んだらどうだ? 二階に仮眠室もあるぞ?」  目もとを片手でマッサージしながら、黒瀬さんが言う。  うとうとしていた私ははっと目を開いた。  仮眠……。なんて魅惑的な響き。  でも、思うように進んでいない私は首を横に振った。 「まだ、四分の一も終わってないんです! あと三十時間しかないのに!」 「三十二時間だ。だから、二時間休め。疲れすぎると頭も働かないだろう」 「でも……」 「大丈夫だ。間に合う!」  力強い言葉にほっと肩の力が抜けた。  たしかに、眠気と戦っていて、効率は悪くなっている。一度休んで集中したほうがいいかもしれない。 「じゃあ、そこのロッキングチェアで休ませてもらいます。横になると起きられる自信がないから」  私は一度深い眠りに落ちると、ちょっとやそっとでは起きない。目覚ましはいくつもかけるほど、寝起きも悪い。  スマートフォンのアラームをつけて、私はロッキングチェアに座った。  黒瀬さんに二時間後に絶対起こしてくださいと頼んで、目を閉じる。  目の裏に、見続けたパソコン画面の残像が映っている。  疲労で身体が泥のように重い。でも、頭が興奮しているのか、なかなか寝つけない。  それでも、いつの間にか眠りに落ちていたようで、ピピッ、ピピッという電子音に目覚めた。  ロッキングチェアの上で身体を丸めていた私に上着がかけてあった。  黒瀬さんのものなのだろう。かすかにシトラスの香りが混じる彼の匂いがする。 「ありがとうございました。ちょっとスッキリしました」  上着を返し、またコーヒーを淹れて、図面と向き合う。  土曜日の夜には、黒瀬さんは自分の担当部分を終え、私の残りのものを手伝ってくれた。  そのあと私はもう一度ロッキングチェアで短い眠りを取らせてもらったけど、黒瀬さんは一度も休まなかった。  『二徹ぐらいなら慣れてるから大丈夫だ』と言って。  私たちは必死で設計を続けた。
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