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「やっぱりあそこは瑞希ちゃんの担当だったんだ?」
「前から言ってますが、社外の方に名前で呼ばれる覚えはありません」
「つれないこと言うなよ。同じ業界で働く者同士、仲良くしようぜ」
「結構です!」
「ははっ、冷たいなぁ」
きっぱり言った私を彼はおもしろそうに見た。
黒瀬さんはこんなふうにいつも軽い。誰にでもこんな感じなのも知ってる。
他の女性なら、彼から親しげに名前を呼ばれたら、ポーッとなってしまうかもしれない。実際、そんな様子を何度も見た。
でも、私は断じて違う!
コンペなどでちょくちょく顔を合わせる機会があり、なぜか彼に覚えられて、最近はこうしてからかわれるようになった。
自分になびかないから、新鮮なのかもしれない。
正直、迷惑している。
主任からも『あいつは手が早いから気をつけろ』と言われた。
でも、私はこんな軟派な男は好みじゃないから、引っかかるはずもない。
ちゃんとわかってる。
彼は世慣れて魅力的だけど、女心を弄ぶ悪い男。近寄ってはいけない。
彼の設計には惹きつけられるのが癪に障るけど。
黒瀬さんは三十歳の若さで設計会社を立ち上げ、ここ五年の間に数々のコンペに勝ち抜き、賞などをとって、一流の建築家として名を上げつつある。
(彼の作る建物は総じて美しいのよね)
細部まで緻密に計算されたスタイリッシュさがあるのだ。
今回のコンペでも見事なプレゼンをしていた。
見入ってしまうほどの出来だった。さすがだと思う。
それでも、コンペに負けて悔しいことには違いない。
慣れあうつもりもない。
「それでは、失礼します」
形ばかりの会釈をして、黒瀬さんと別れた。
帰社する道すがら、山田主任がぼそっとつぶやく。
「あいつは勝つためなら手段を選ばないからなぁ」
「え? どういうことですか?」
含みのある主任の言葉に、私は聞き返した。
「黒瀬はいつも施主側の女性に近づいては、情報を引き出したり自分のところを優遇するよう働きかけたりしてるんだ。枕営業みたいなものだな。神野リゾートの社長令嬢とも深い仲らしい。今日のコンペは最初から結果が決まってたのかもな」
「なんですか、それ! こっちは一生懸命に準備したのに!」
主任は黒瀬さんが独立する前に働いていた設計事務所の同期だったから、彼のことに詳しい。たまに、こうして彼のことを話す。やっかみが入っているのは否めないが、それが本当だとしたら腹立たしい。
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