不安

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「こないだも建設会社の担当に惚れられて、熱烈なアプローチにうんざりしてたんですよ。仕事先の担当者だから邪険にもできないし。まぁ、黒瀬さんはうまいから、ファン扱いでいなして終わらせたけど」 「そうなんですね」  正直そんな話は聞きたくなかった。  軽く流して話題を終わらせようとする。この話を始めたのを後悔した。  でも、後日、自分で事実を確認することになった。  それは金曜日の午後、私たちが設計業務に勤しんでいるときだった。 「諒くん……」  扉が開き、ふらりと入ってきたのは、細身の女性だった。  整った顔は青ざめ、目の下にはくっきりとクマができて心配になるような様子だ。  ガタッと音がして、立ち上がった黒瀬さんが彼女に駆け寄った。 「綾香、大丈夫か!?」  その人は神野綾香さんだった。  黒瀬さんが彼女の肩に手をかけて、その顔を覗き込んだ。  綾香さんは倒れ掛かるかのように、彼の胸に額をつける。 「階段、登れるか?」 「ん……」  抱きかかえるようにして黒瀬さんが綾香さんを二階に連れていく。  私はその様子を呆然と眺めていた。  いつも余裕たっぷりの黒瀬さんが血相を変えていた。  なにより、大事そうに彼女を扱う姿に衝撃を受ける。 (諒くん、綾香って呼んでたわね……)  思っていた以上に二人は親密のようだ。恋人同士といっていいぐらいに。  じゃあ、私は彼にとって、なんなんだろう?  週末だけ抱き合う関係。   (なんだ、セフレか……)    自分で考えた言葉が胸に突き刺さる。胸が痛くてたまらない。  遊ばれてる可能性は考えていた。それでも、彼が甘く触れるから、違うと信じたかった。  泣きそうになるのをぐっとこらえていたら、彼宛に電話がかかってきた。  ためらったけど、コードレスフォンを持って、螺旋階段を上がる。  彼の居住区のドアをノックしようとしたとき、中から声が聞こえてきた。 「……ねぇ、諒くん。私のこと、大事?」 「当り前だろ。大事に決まってる」 「でも、お父様は……」 「もういいから寝ろよ。そばにいてやるから」  優しい優しい黒瀬さんのあやすような声。こんな声は聴いたことがない。  本当に彼女のことが大切なんだ。  本命は彼女。私はただの性欲解消の相手だったんだ。  決定的な違いを見せつけられて、奈落の底に落ちていくような心持ちになった。  思わず、その場でへたり込んでしまいそうになる脚を叱咤して、階段を下りて、折り返させると電話の相手に告げた。  心が凍ったまま、やりかけの作業を続ける。
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