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結局、この人は女好きなんかじゃなくて、ただ面倒見のいい人だった。
ふいに想いがあふれて、伝えたくなる。
「黒瀬さん……」
「ん?」
「好き」
そのときの彼の反応は見ものだった。
彼は額に手を当て、さらに横を向いて顔を隠した。でも、指の隙間から、赤くなっているのが見えている。
なんと照れてるらしい。あの黒瀬さんが!
それは老人ホームで見せた表情と似ていた。
「あー、うん、俺も好きだ」
照れながらもそう言ってくれて、うれしくなった私は彼にしがみついた。
「老人ホームでも照れてましたよね? なんでですか?」
私が聞くと、彼は目を逸らしながらも教えてくれた。
「瑞希が褒めてた施設は前の会社時代に俺が携わったものだったんだ。まさに来た人に驚きと楽しさを伝えたかったから、それが伝わってたんだなと思って。建築家冥利に尽きるよな」
「あれも黒瀬さんの作品だったんですか!?」
「もちろん、全体を担当したわけじゃないけどな。まだ経験も浅いうちだったし」
昔から彼の建築に惹かれていたのを知って、驚いた。
さらに黒瀬さんが続けた話に今度は私が赤くなった。
「お前、俺の設計が本当に好きだよな。新入社員のころ、連れてこられたコンペで俺のプレゼンを絶賛してくれたの、覚えてるか?」
「新入社員のころ?」
まったく覚えがなくて、目をぱちぱちさせる。
「やっぱり覚えてなかったか。目をキラキラさせて、『私もこんな企画を立てたいです!』と言ってくれたんだ。前職時代の最後の案件だったが」
「え、あーっ! あのときの! あれって黒瀬さんだったんですか!?」
ワクワクするプレゼンに感動して、思わずその担当者を捕まえて興奮気味に話しかけてしまったことを思い出す。そういえば、格好いいお兄さんだった。
なにしてるの、私!
「俺はあれから瑞希が気になって、どんなものを作るんだろうとついチェックしてた。そしたら、センスがいいから、今回来てもらったんだ」
やたらと私に絡んできたのはそういうことだったのね。
単に軽い男と思ってて、ごめんなさい。
「それなのに、瑞希はずっとつれなかったよな」
少し拗ねた顔で黒瀬さんは私の頬をつつく。
ずいぶん彼のことを誤解していた。
これも黒瀬さんの言ってた勝手な思い込みなんだろう。
「ごめんなさい。これからは設計と同じで思い込みに囚われないようにします」
「ははっ、そんな硬い言葉じゃなくて、『黒瀬さん、大好き』でいいんだぞ?」
「もうっ! そういうことすぐ言うから、軽いって思っちゃうんです! でも、大好きです!」
勢いで言うと、黒瀬さんはいつものように薄い唇の片端を上げて、悪い男の笑みを見せた。
「……お前は俺を煽るのがうまいな」
そして、熱い口づけを受けたあと、また甘く蕩かされるのだった。
―FIN―
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