業務提携

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業務提携

「山田は同じ案件に携わってもらうが、こっちで構造設計をしてもらう」 「こっちでとは?」 「あぁ、君は黒瀬くんの事務所に出向して、意匠設計をしてもらいたい」 「出向ですか!?」  思ってもみなかった話に私は驚いて聞き返す。  私が気乗りしていないのを感じたようで、部長がなだめるように言ってきた。 「君にとっても勉強になると思うぞ? 一流の建築家について学ぶことのできる機会なんて、そうそうないからな」 「そう……ですよね」  実際、すごいチャンスだと思う。  でも、私は彼のニヤニヤ笑いを思い浮かべて顔をしかめてしまう。彼を見ていると、心が乱れる。  とはいえ、部長の様子から決定事項だと感じて、しぶしぶうなずいた。  コンペで負けた私たちのチームは一時的に暇だったのだ。辞令とあらば、受け入れるしかない。   「じゃあ、明日から彼の事務所に行ってくれ」 「明日からなんて急ですね」 「施主の希望で工期が早まったそうだ。だから、より一層設計の手が足りないらしい」 「承知しました」  それならなおさら私よりベテランがもっといるのにという疑問が拭えない。 (まぁ、いいわ。やるからには頑張ろう)    モヤモヤしていても仕方ないので、自分を鼓舞する。  憧れの大型商業施設の設計なのだ。そう思うとテンションが上がる。  こうして、私は翌日からコク建築設計へと出勤することになった。  *** 「ここよね?」  私は部長から言われた十時十五分前に、コク建築設計の事務所を訪ねた。  そこはコンクリート打ちっぱなしの壁とガラスとグリーンが組み合わせてデザインされたオシャレな建物だ。入口横に、『コク建築設計事務所』と書いた金属プレートが貼ってあるので、間違いない。デザインに特徴があるので、たぶん、黒瀬さんが設計したものだろう。  三十五歳で都心にこんな事務所を構えているなんて、よく考えたら、彼はすごい人だ。軽薄な雰囲気でそうは見えないけど。  ガラスドアを開けると、受付ボードがあり、すぐ事務所スペースになっている。  中央に大きな机、壁際に衝立のある作業デスクが並び、プリンターの後ろには華奢な螺旋階段がある。カラフルなソファーに、なぜかロッキングチェアまであった。そして、奥の独立したデスク前に黒瀬さんが座っていた。 「おはようございます」  声をかけると、黒瀬さんが視線を上げ、私を見た。同時に、壁際に座っていた若い男性も振り向く。 「やぁ、来たな。浩平、こちらは瑞希ちゃん。今日からしばらく一緒に働いてもらう。文が丘の件をやってもらおうと思ってな」
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