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自分の思考と先ほどのおばあさんの言葉が一致して、問いかけるようにつぶやく。
振り返ったおばあさんが笑って教えてくれた。
「諒ちゃんはね、見栄えやスペースを気にして、このスロープをこんなふうに作ってしまったのを後悔してるんだって。私たちはトレーニングになるから気にしないでって言ってるんだけど。ときどき見にきては自戒してるそうよ」
「すみれさん、しゃべりすぎだ」
黒瀬さんに軽くにらまれて、おばあさんは首をすくめた。でも、彼女はまったく気にしてないようすでほがらかに笑う。
「あら、この子の前では格好つけたかったかしら? ごめんなさいね。でも、たまには弱みを見せるほうが女の子はキュンとするものよ」
「まったく、すみれさんには適わないな」
ぷっと吹き出した黒瀬さんは私を見た。目つきの悪さがゆるんでる。
「俺もまったく同じ間違いをやらかしたんだ。大した違いはないだろうと。ここを刷毛引きにしたのは単に予算が足りなかっただけだ。そっちのほうがよかったなんて、設計していたときには考えもしなかった。たまたま気づく機会があって、それからはなるべく現物を見て判断することにしてるんだ。勝手な自分の想像じゃなく、な」
机上の空論って、そういうことか。たしかに街中を歩くときにそういう目で周りを見てなかったわ。私にそれを実感させるためにここへ来たのね。
(なによ、悪い男じゃなかったの!?)
他社の生意気な若輩なんて放っておけばいいのに、わざわざこうやって教えてくれるなんてとても親切だ。
今ここで気づけたのは有難いけど、よりによって教えてくれた相手が反発していた黒瀬さんだったとは、なんだか腹立たしい。
素直に感謝できずに私が黙っていると、黒瀬さんが小道に目を戻し、続けた。
「そういうのを気づかずに設計するやつが多いんだ。そうして使えはするけど、使いにくい施設ができあがっていく。設計士ってすごいんだぜ? 俺たちの描いた図面がそのまま現実のものになるんだから。その代わり、責任も重いんだ」
「使えはするけど、使いにくい……」
そんなのは嫌だ! 私が目指してるのはそんなものじゃない!
黒瀬さんの設計に繊細さを感じるのは、こうした視点かもしれない。
「そう、ですね。私も心がけます」
自分に言い聞かせるように語る彼の横顔が格好よく見えてしまって、私は慌てて目をしばたいた。
もともと彼は格好いいんだけどね。
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