黒い法服

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 滋賀県警巡査である都田は、警備計画が発表されてからというもの、毎日のように妄想に悩まされ続けた。 「西郷隆盛がR帝国皇太子と共に日本に帰ってくる。よって、西南戦争で授与された勲等はすべて剥奪される」  都田はそのように信じていた。  都田の家族も、同僚たちも、西郷隆盛が生きているはずがない、そんなおかしな話があるはずがない、と都田の心配を一蹴した。  否定されればされるほど、国民みながこの事実を隠しているのでは、あるいは、国民はみな騙されているのであり、自分だけが真実を知っているのではないかと、都田の妄想は果てしなく広がり続けた。  都田を襲ったのは妄想だけではない。  幻聴にも悩まされた。  頭の中に誰かの声が聞こえてくる。  都田は、人の心を読み取る力を手に入れたのではないかと思うようになった。  頭の中の声は消える気配がなかった。 「R帝国皇太子が来たら大変なことになる」 「おまえはそれでいいのか」 「おまえの名誉である勲七等を奪われていいのか」 「このまま、何もしなくてもいいのか」  やめろ、やめてくれ……  これ以上、俺の頭の中で囁かないでくれ!  そう叫んでみるが、頭の中の声は消えず、都田は周囲からは憐れみのまなざしを向けられるだけであった。  自分は監視されている。  R帝国皇太子一行に監視されている。  日本国政府に監視されている。  自分のやることなすこと、すべてに対して、頭の中の声があれこれと命令を出してくる。  気が休まることはなかった。  声だけではない。  すべての物音も都田を脅かした。  あらゆる物音が自分に向けられている気がした。  世の中のすべてのことが自分を責めているように感じた。  皇太子がわざわざ鹿児島を訪問したことで、都田の妄想は確信に至った。  やはり、西郷隆盛は生きていて、R帝国皇太子と共に帰国したのだ。  明治新政府に反抗した西郷隆盛をお神輿にし、R帝国は日本国を征服しに来たに違いない。  このままでは、日本はR帝国に征服されてしまう。  自分の叙勲の剥奪どころではすまない。  今や、日本そのものが存亡の危機となった。  都田は、そのように結論付けた。  そして、意を決した。  自分が日本を救うのだ。
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