黒い法服

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 大審院(最高裁判所)院長、小島は、 「日本国は法治国家である。法は遵守されなければならない」 との立場を貫いた。  行政としては、司法のこの対応に困惑した。  外務大臣が駐日R国大使に、皇太子への犯行があった場合は皇室に対する罪を適用するという密約を交わしていたことも問題となった。  これは、外務大臣による司法への越権行為であり、司法としては不服であった。  大審院院長小島は、この裁判に関わる七人すべての裁判官を説得する。  今こそ、司法の独立が試されている時だと。  そもそも、大逆罪は外国の皇室を対象とはしていない。  類推適用しようにも、構成要件を満たしていない。  この事件で適用できるのは、謀殺未遂罪であり、その最高刑は無期徒刑(無期懲役)。よって、現行法では被告人を死刑にすることはできない。  これが「司法」としての考え方である。  法治国家での考え方は「罪刑法定主義」である。  人を犯罪者として処罰するためには、何が犯罪であるかを法で明確に規定しておかなければならない。  また、法で規定した内容で処罰を行わなければならない。  これが罪刑法定主義である。  これがなければ、権力者が主観で人を裁くことになってしまう。  人を裁き、処罰をするにあたり、法に基づかないのであれば、それはもはや国家とはいえない。  日本国は、罪刑法定主義を取り入れて、近代国家の仲間入りを果たしていたつもりであった。  ここで、権力者の都合で法を曲げて運用するようなことがあれば、いったい何のための司法であろうか。  小島は、この事件を担当する裁判官たちに、このように熱弁を振るったのであった。
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