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女性の視線を捉えたまま、顎に手をかけ考え込むように黙っていた彼が、ふいに「……悪いが、」と口を開いた。
「悪いが、これから彼女と出かけたいんだ」
彼が唐突にそう言い、その女性だけではなく、私自身までもが唖然となった。
「けれどこの後は、私と時間を取るからと……」
困惑したように、上目に見つめる女性に、
「ああ、だが今日でなくても構わないだろう? 」
彼は含めるように告げると、
「いいだろうか?」
促すように私へ向き直った。
「い、いえでも、今日はそちらの方と、約束があるんじゃないでしょうか……」
どんな状況なのかもわからず、にわかには同意をしかねていると、
「……すまない、どうか聞き入れてもらえないか?」
もう一度彼が、女性に乞うように問いかけた。
「瞳子と話す時間を取るべきなのはわかっているが、俺にとってはこの彼女のことも外せないんだ」
(”とうこさん”って言うんだ……。しかも名前で呼ぶ間柄で……)
そう歯がゆく思う反面で、『──外せない』と言われたことに、漫然と囚われている自分のあざとさを気取ると、嫌悪感を伴い今にもえづきそうな苦みが、喉元をせり上がってくるのを感じた──。
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