あるブラック会社

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「全く、最近の若いもんは根性がない」と、大熊は毒づき、「牛尾おー」  大熊に背向けて座っている男が振り向いた。牛尾だ。肩書は係長。大熊より十以上年上で、もう直ぐ定年だ。こちらへ来いと手招きをする。  牛尾はあからさまに嫌そうな顔をしてやって来た。 「何ですか」 「この前出してくれた販売促進の企画案な。もう一度やり直してくれないか」 「どこが良くないんでしょうか」 「どこがって……全部だよ」 「全部と言われても、よく分かりませんが」 「分からんだと? だからお前は万年係長なんだよ。とにかく明日の朝一番に俺に見せろ」 「ええっー、明日の朝ですかー」  牛尾が悲痛な叫び声を上げる。 「そう、明日だ。やってくれるな」 「そんなぁー。急に言われても……」 「できないってか? できないとEランク評価つけるぞ。そうすりゃお前は降格だ。次はヒラだぞ。だいたい、お前はトロいんだよ。残業すればいい。もちろん残業代なんて出ると思うなよ」  牛尾は肩を落として自分の席に戻った。  次は誰を呼びつけてやろうかな。大熊がそう考えているとき、隣の部屋から男が現れた。 「大熊様。時間です」男が笑顔を浮かべて言った。「この度は当ブラック会社サービスをご利用していただきありがとうございます。ご満足していただけましたか?」  男はブラック会社サービスの担当者だった。 「ああ、満足したよ。思いっきり言いたいことが言えた」 「そう言っていただければ有難いです」 「いつも会社では、部下と話すときは、腫物に触るようにして話してるんだから」 「分かります。近頃は、すぐにパワハラとかセクハラとか言われますからね」 「そうなんだ。俺が若いころは普通のことだったのに、何が問題なのかさっぱり分からん。ストレスがたまるな」 「お察しいたします」  担当者は同情するように言う。 「また、利用させてもらうよ」 「ありがとうございます」  大熊はブラック会社サービスのビルを出た。その足で自分の会社へ向かう。気分がすっきりした。足取りが軽やかだ。      
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