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大熊は営業課の部屋に入ると、窓際の席へ向かった。
お早うございます――社員たちの挨拶の声が飛んで来る。大熊は「お早う」と鷹揚に答える。
『営業課長』と記されたプレートが載っている机があった。そこが大熊の席だ。
「猫田。茶を淹れてくれないか」
席に着くと、部下の一人に言った。
猫田と呼ばれた女の社員は、パソコンのキーを打つ手を止め、ぼそっと答えた。
「はい」
気が進まないのか、ゆっくりと席を立つ。ふて腐れた態度で給湯室に行った。
上司が茶を飲みたいときは、部下が淹れるのは当たり前のことじゃないか、と大熊は思う。
暫く待つと、猫田が湯飲みをトレイに載せて持ってきた。大熊の机に湯飲みを置く。
「すまんな」
大熊は湯飲みを口に持っていき、茶を一口飲んだ。とたん、「不味い!」と叫んで、口に含んだ茶を湯飲みに吐き出した。
「なんて不味い茶だ。女のくせに茶も満足に淹れれんのか」
「す、すみません」
猫田の目が潤む。
「お前はブスなんだから、せめて美味い茶でもいれろ」
更に追い打ちをかける。猫田の頬を涙が伝っている。
他の社員たちは、大熊の罵倒に聞き耳を立てているのだろうが、皆、書類やパソコンの画面に目を向けて、無関心を装っている。触らぬ神に……ということか。
「猿橋いー」
大熊はもう一人の女の社員に声をかけた。
「は、はい」
猿橋はうつむいていた顔を上げた。少しばかり顔が強張っている。
「茶、淹れてくれるか」
「はい、ただいま」
猿橋は返事をすると、小走りに給湯室に向かう。
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