あるブラック会社

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「どうぞ」  猫田が机の上の湯飲みを片付けたのと入れ替わりに、猿橋が湯飲みを机に置いた。それを大熊はぐいと飲む。 「美味い。美人が淹れた茶は美味いなー」と、目を細める。「猿橋。今度、二人で飲みに行こうか」 「あ、ありがとうございます。でも、でも、私……お酒飲めないので、遠慮させていただきます。すみません」  うろたえながら頭を下げる。 「そうか、残念だな。じゃあ、食事に行こう」 「いえ、あの、私……食べ物、食べれないので遠慮させていただきます」  猿橋は支離滅裂なことを言った。顔が引きつっている。「すみません」とひと言。逃げるように自分の席に戻って行った。 「ちぇっ」と、大熊は舌打ちして、「馬場あー」と声を上げた。  入り口近くの席で、若い男の社員が弾かれたように立ち上がった。 「はい!」  馬場は急ぎ足で大熊の席までやって来た。おどおどした目つきで大熊の顔を見る。 「お前なあー。今月のノルマなあー。かなり下回ってんだよな」 「すみません。でも、まだあと五日ありますから」 「ばかか。これまでのペースで売ってて、五日でノルマが達成できると思ってるのか」 「頑張ります」  馬場は消え入りそうな声で答える。 「ああ、必死で頑張ってくれよな。ノルマ達成できなかったら、俺の顔が潰れるからな。もしそうなったら、お前土下座して謝れよ」 「ど、土下座ですか」馬場の声は震えている。「分かりました」 「分かったら、とっとと販路拡大に行ってこい!」  大熊は声を張り上げた。馬場は慌てて自分の席に戻るや、鞄をつかむと、部屋から飛び出して行った。
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