10 クロエ、謝罪を受ける

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10 クロエ、謝罪を受ける

 あの日以降、ギデオンからの誘いはなくなった。  たった二日で私は夜伽としての価値がないと見做されたのだろうか。行為の最中に泣き出したりしたから、男を萎えさせるダメな指導者だと呆れられたのかもしれない。 「ねぇ、バグバグ。今日は魔王様は何処に……?」  私の質問を受けてバグバグは目を泳がせる。  知っているけど答えに困っている顔だ。 「言いづらいなら良いわ。読書に戻りましょう」 「申し訳ありません、」  悲痛な顔で下を向く鳩首を眺める。べつに彼女が悪いわけではない。ただ、ギデオンが何かワケあって私を避けているのだと思うと、ショックだった。  三ヶ月の間はお金のために耐えようと思ったけれど、こうして期間満了を迎える前に飽きられた場合はどうすれば良いのだろう。  グレイハウンド家の両親たちは、居なくなった娘のことをさぞかし心配しているはずだ。魔王は了承を得ているなんて言っていたけど、いきなり現れて「夜伽のために娘さんをお借りします」とでも伝えたのだろうか? (………ゲームの知識も役立たないしお手上げだわ)  そう。この城の中や城主であるギデオンについての知識は私にない。ペルルシア内部のことであれば、ある程度のことは理解していたけれど、離れた孤島における魔族の生活なんて未知オブ未知も良いところ。  今日の時点で分かっているのは、ギデオン以外の人間は皆揃って動物の首を被っていることぐらい。  それが本当に彼らの首なのか、はたまた何か理由があって身に付けているのかは知らない。だけど、バグバグをはじめ、私に接する彼らは悪い人ではなさそうに見える。  ◇◇◇  夜になると、城はいつもの静けさに包まれた。  私は窓から見える外の景色からしか、外界の情報を得られない。外出して良いか一度だけバグバグに聞いたことはあるけれど、ただ困ったように首を振るだけだった。  昼には輝く水面が広がる遥か彼方も、今では夜と溶けて境界線が分からない。青白く光る小さな点は、船に取り付けられたサーチライトだろうか。それとも、何か光を発する魚だろうか。 (知らないことばかりだったのね、)  すべて分かったような気になって生きていた。  生まれた時からこの世界の道理は理解していたし、出会う人も皆ゲームの登場人物だったから、ただただ誤った選択を取らないように気を付ければ良いだけだった。  結果として、運命は変えられなかったけれど、それは「そういうもの」としてどこかすぐに受け入れた自分が居る。努力した分だけ悲しみはあったが、まぁ仕方ないと。ゲームをクリア出来なくて少し腹が立つのと同じくらいの気持ちだ。  コンコン、と二度ほどノックの音がして、返事をするとギデオンが顔を覗かせた。  久しぶりに見る魔王の姿に私は驚く。  まだ入浴を済ませていないのか、昼用の服を着ていた。 「少し話をしたい」  私が頷くと、ギデオンはそろそろと部屋に入って来た。彼の城なのに、この部屋の中ではいつも縮こまって気を遣う。人間よりも人間らしい素振りに思わずクスリと笑ってしまった。 「……クロエは、そうやって笑った方が良い」 「え?」 「俺の無礼な行動のせいで、お前を怯えさせてしまったことを謝りたいんだ。本当にすまなかった」  深々と頭を下げる魔王を見て、私は過ぎた夜のことを思い出した。彼の言う無礼な行動とはつまり、あの時に私が涙した一連の出来事を指すのだろう。 「……いえ、私の方こそごめんなさい。あれぐらいで泣くことはないのに…私は閨の指導者失格です」 「俺が悪いんだ。相手の都合を考えずに、つい自分の欲のために動いてしまった。もうああいったことはしない」  強い口調でそう言うから、私は恐る恐る顔を上げる。  黄色い瞳には後悔の色が浮かんでいる。  ただの夜伽相手をこんなにも思い遣れるなんて、彼はなんて優しい魔王なんだろう。これではピエドラ王女が涙すれば王国へ帰してしまうのではないか。そんなどうでも良い心配が頭を過ぎる。余計なお世話も良いところ。 「………あなたは不思議な人ですね、魔王らしくないわ」  私は甘い蜜を吸う蝶のように、ギデオンの優しさを試してみたくなった。 「魔王様、夜伽相手の私がこのような提案をするのは失礼かもしれませんが…あなたのことを知りたくなりました」 「俺のことを……?」 「はい。より良い教育を提供するために、私の恐怖が癒えるまでの間、少しだけお話をしてくれませんか?」  ギデオンは瞳を少し丸くして驚いた顔をした。  しかし、すぐに穏やかな笑顔を見せて頷く。
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