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11 クロエ、魔王と談笑する
「……それで俺は七歳の時にライオンと一緒に船に流されたんだ。たった七歳だぞ?」
そう言ってギデオンは目をくるりと回す。
おどけた表情に私はクスクス笑った。
「人間の世界にも王太子教育とか妃教育なんてものがありますが、そこまでハードな内容は聞いたことがありません」
「なるほどな。ではやっぱり国王より魔王の方が偉大であるはずだ。だって、俺はそのライオンを食糧にして一週間海を彷徨って生きて帰ったんだから」
「それは威張るところですか?」
得意げなギデオンの顔に、私はとうとう堪えられなくて大きく口を開けて笑ってしまった。
マナー講師が見れば「なんとお下品な!」と赤面で叱責されそうだけど、優しい魔王はそんな私を見て目尻を下げる。トクンッと心臓が小さく跳ねたので思わず胸を押さえた。
(…………?)
ギデオンが不思議そうに「どうした?」と言うので、私はなんでもないと答える。再びベッドの上で足を滑らせると爪先が彼の足に触れた。
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて謝罪をして距離を取る。
ギデオンは暫く私を見つめて、プッと吹き出した。
「お前は俺を魔王らしくないと言うが、俺からしたらクロエの方が悪女らしくない。聞いていた噂と随分違う」
「……どんな噂を聞いたのですか?」
身体の下で組んだ両手を見つめながら私は尋ねる。
大体の想像は付くけれど、ギデオンの口から聞いてみたいと思った。どんな内容であれ、私はこの低く甘い声が自分について語る言葉を聞いてみたかった。
「そうだな……まぁ、性に奔放であるとは皆が口を揃えて言っていたが、他にも可愛らしい令嬢に腐ったバナナを送り付けるとか、婚約者に貞操帯を付けさせるとか」
「散々な言われようですね……」
「あとは、王太子の友人であるビビ・バレンシア嬢を乳牛と罵って集団で強姦させたと聞いたが…」
「そんなことはしていません!」
思わず大声を張り上げた。
聞き捨てならない話だったからだ。
いくらもう無関係な人間たちであっても、私は自分の尊厳を傷付けるこのような噂を彼に信じてほしくなかった。ビビの爆乳については確かに羨ましく思っていたけど、犯罪に手を染めるほど心は歪んでいない。
「ビビのことは……妹のように可愛がっていました。残念ながら私は人々から誤解を受けやすいので、彼女には嫌われないよう精一杯気を遣ってきたつもりです」
結果には結び付きませんでしたが、と言い添えて再び視線を下げる。
左手の薬指にはまだ、銀色に光る婚約指輪が光っていた。付けているのが当たり前だから外すことを忘れていたのだ。夜伽の務めから解放されたら、宝石商に持って行けばそれなりの値段にはなるかもしれない。
「どうか、誤解しないでください」
祈るように見上げた先でギデオンは目を細めた。
信じるに値するか吟味するような表情だ。
「……べつに良いです。私を信用出来ないようであれば、好きに受け取っていただいても」
私は大きく息を吐いてそっぽを向く。
子供染みた態度を取ってしまっていると分かっているけど、これ以上の説明はできないので、あとは魔王の判断に任せるしかない。彼が私の人間性をどう評価しようと、私はただの夜伽相手に過ぎないのだ。
「表情をコロコロ変えて面白い女だな」
「あなたが私を疑うので、」
ムッとして振り返った先でギデオンは私を見ていた。
「お前を信じる」
「え……?」
「クロエ、これからは目に見えるお前だけを信じるよ」
思ったより不器用そうなお前が嘘を吐くとも思えないしな、と魔王は頭の後ろで手を組んで笑った。正当に評価する機会を与えられるのは初めてかもしれなくて、悪役令嬢の私は対応が分からない。
「………ありがとうございます」
ただ、小さく答えるだけで精一杯だった。
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