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12 クロエ、真実に触れる
「なんだか最近、お城に活気がありますね!」
跳ねるような声音でそう言うバグバグに、私は食べていた林檎をポロッと落とした。
「そうかしら……?」
「はい。ギデオン様も心なしか嬉しそうですし、クロエ様が来てからは毎日食事も召し上がられます」
「今までは食べなかったの?」
「気が向いたら摘む程度で、あまり進んでという風ではありませんでした。まぁ、私たち魔族自体が食から栄養を得ているわけではないので問題はないのですが」
「ん?では何から栄養補給を……?」
聞き返した矢先、部屋に牛首の男が入って来た。
最近知った情報では彼はクジャータという名前らしい。
何やら慌てた様子でバグバグと会話すると、バグバグは傍目で見ても分かるぐらい狼狽えた。断片的に聞こえた内容ではどうやら彼女の家族の調子が悪い様子。「すみませんが後はクジャータが引き継ぎますので」と言い残し、その場を去ろうとしたバグバグは勢い余って私の前ですっ転んだ。
「ひぐっ……!」
慌てて差し出した手も虚しく、バグバグの膝が床に打ち付けられる鈍い音がした。
しかし、そんなことよりも何より、私の目を引き付けたのは彼女の首だ。
「え…?バグバグ……?」
見慣れた鳩首は、今や彼女の身体から数メートル離れた場所に転がっている。ビーズのような赤い目はどこか遠くを見つめたままで動かない。
首があった場所からは黒い煙のようなものが漂っていて、顔を失った四肢が焦ったようにバタつきながら起き上がった。視界の隅でクジャータが額を押さえて頭を振るのが見える。
「っあ、あ、どうしましょう……!私ったら…!」
「とりあえず君は家へ帰れ。説明は僕からする」
取り乱すバグバグ(の身体)にそう指示を出して、クジャータはどんよりとした牛の目をこちらに向けた。
私は思わず身構える。
何か非常事態であることは一目瞭然だ。
「驚かれましたか?」
「そうね……正直言って、とても」
私は背中を冷たい汗が流れるのを感じる。私が今まで首だと思って話していたものは、つまるところただの被せ物だったということ。身体すら本物なのか怪しい。
「クロエ様もご存知の通り、私たちは魔族です。しかし、真の姿を貴女の前で曝け出すことは出来れば避けたかった」
「真の姿……?」
「これはギデオン様の親切心なのです。決して貴女を騙していたわけではない。人間の女が城に招かれるということで、魔王に仕える私たちはその身を偽る必要がありました」
そう言ってクジャータは自分の頭に手を掛けた。
ゆっくりと持ち上げられた首の下から現れたものを見て、私は言葉を失う。
そこには、いくつもの目が蠢く丸い球体があった。首が生えるべき場所に拳ほどの大きさの球が浮いているのだ。表面を埋め尽くすたくさんの目が一斉に私を捉える。
「………っ!」
息を呑む私の様子を見てクジャータは首を元の位置に戻す。牛の目は先ほどよりも悲しげに見えた。
「驚かせて申し訳ありません。こうした異質な見た目ゆえに我々は迫害の歴史を辿りました。純血の魔人は人の目には耐えられない容姿なのです」
そう言ってクジャータは窓の外を眺める。
細かな雨の粒がガラスを打ち付けていた。
「クロエ様はギデオン様の夜伽相手に選ばれたと伺っております。僭越ながら、我ら魔族の悲しい過去について話をしてもよろしいでしょうか?」
私はクジャータの目を見据えて、小さく頷いた。
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