13 クロエ、過去を知る

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13 クロエ、過去を知る

「あまり畏まらないでください。紅茶で良いですか?」 「あ……はい。すみません、気を遣わせてしまって」  クジャータは澄んだ琥珀色の紅茶を私の前に差し出しながら「つまらない話なので片手間に聞いていただくぐらいが丁度良い」と自嘲気味に笑った。  被り物の下で、彼の本当の目はどんな様子なのだろう。  おそらく、アクシデントでバレなければ、あのまま貫き通す気だったに違いない。それがギデオンの望みなのだから。 「魔族についてはどの程度ご存知で?」  丸いテーブルを挟んで向かいに座ったクジャータが尋ねる。  私は正直に、自分がそれほどの知識を持たないこと、この城に来るまでは魔族の存在すら御伽話程度にしか思っていなかったことを告げた。 「なるほど……人間たちは、アンシャンテ家が我々を退治して王国に平和をもたらしたと信じているのですね」 「違うのですか……?」 「さぁ、どうでしょう。異質であることが罪ならば、私たちは害悪なものとして追放されて当然かもしれません……しかし、私たちからすれば、あれはただの迫害です」  私はハッとして顔を上げる。  クジャータは私を通り越して窓の外を見ていた。  雨風はだんだんと強さを増して、何処からか雷の音も聞こえて来る気がする。ギデオンは自室に篭っているのだろうか。彼が隠そうとしてくれた召使たちの正体がバレたと知ったら、どんな反応をするだろう。 「初代国王アルル・アンシャンテとの戦に敗れた僕たちは住む場所を追われて、この島に辿り着きました。初めこそ荒れ果てた土地でしたが、年月を掛けてようやく緑が芽吹き、作物が実を結ぶようになった」  窓から見える景色はいつも、青々と美しい自然に囲まれていたから、この場所がかつてそんな苦労を要したと知って驚いた。 「されども平和は永遠には続かなかったのです。ギデオン様から説明を受けたか分かりませんが、魔族の血は今や空前の灯火。途絶えるのは時間の問題です」 「………女性の出生が少ないと聞きました」 「ええ、その通り。どういうわけか…ここ数年はほとんど女が生まれていません。しかし、我ら純血の魔族の子を産んでくれる人間の女など居るわけがない」  この見た目ですから、とクジャータは悲しげに笑う。  それを見て、私はふと「ギデオンの首も飾りなのだろうか」という疑問が浮かんだ。魔族の王はまるで人間のような美しい顔をしている。あの見た目であれば、立派な角さえ隠せば人間に紛れることが出来そうだ。現に彼は夜会で私を見たと言っていた。  私の表情の変化から何かを察したのか、クジャータは自らその説明を買って出た。再び青年の声が部屋に響く。 「ギデオン様は、混血なのです」 「混血……?」 「彼のお母様は人間です」 「そんな…!じゃあ、お母様から人間の女のことを聞けば良いじゃないの!わざわざ私を攫う必要なんて、」 「ギデオン様の母君は、彼を産む際にお亡くなりになりました。父であった先代の魔王もまた、番を失った悲しみで衰弱死されています」  私は言葉が出て来なかった。  この広い城の中で、彼が使用人と静かに暮らす理由。  孤城の主として生きるのは、ひとえに父も母もすでに居ないからだなんて。私は何も知らずに、呑気にここで暮らしていた。魔王って良い生活してるのね、と思ったりして。 「しかし、混血ゆえに彼は不安定で魔力の制御を完全に出来かねています。今までも何度か人間の女を誘拐しましたが、皆ギデオン様の真の姿を見たら……」  その時、部屋の扉が勢いよく開いた。 「クジャータ、勝手な真似をするな」  ツカツカと足早に入って来たギデオンが私の腕を引っ張る。座っていた椅子がひっくり返る大きな音がした。 「魔王様違います!これは私が説明をせがんだのです!」 「そうか。ならば、お前が付いて来い」 「クロエ様……!?」  背中越しに追い掛けてくる声に私は振り向いて微笑む。  どういうわけか、魔王は怒っている。  それは明らかなことで、私を連れ出してこうやって二人になろうとしているのを考えると、叱り付けたり、怒鳴り散らしたりするのかもしれない。  でも、べつに良い。ちょうど良い。  私もギデオンの素顔に触れたいと思っていたから。
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