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14 クロエ、魔王に近付く
私たちが辿り着いたのはギデオンの部屋だった。
以前訪れた執務を行う部屋ではなく、どうやらここは寝室のようだ。一人用にしては大きなベッドがドーンと存在感を発している隣で私は緊張を覚える。
(………そんなに知られたくなかったのね)
咄嗟にクジャータを庇ったのには訳がある。
私は彼が語ってくれた情報に感謝していたのだ。
きっと第三者がこうして話してくれないと、本当のことはいつも魔王の優しい笑顔の裏に隠れて出て来ないだろう。所詮ただの夜伽相手だからかもしれないけど、ギデオンは私に多くを教えてくれない。昨日思い切って彼について質問してみたが、私はまだまだ彼のことを知りたかった。
部屋に入るなり一言も喋らなくなったギデオンを見上げる。思い詰めたような黄色い双眼が私を見つめ返した。
「どこまで……聞いたんだ?」
不安そうな声。
何を恐れているのだろう。
「魔族が追放されるに至った歴史と、あなたの過去について。混血であるゆえに魔力の制御が効かないと」
「………そうか」
「何度か人間の女を攫ったことも伺いました。あなたの真の姿というのは何ですか…?」
「お前には関係ない」
ふいっと視線を外してギデオンは距離を取ると、そのまま窓際まで歩いて行ってしまった。外はもう暗い夜の帳が下りていて、打ち付ける雨粒以外は何も見えない。
三ヶ月で切れる関係だとは理解している。
だけど、私はもっとこの魔王のことが知りたかった。単なる知的欲求なのかもしれないし、より深く彼のことを知ることで自分を安心させたいのかもしれない。
人間は見知らぬものに対して恐怖を抱く傾向にある。私は初めてギデオンに出会った時、震えて仕方なかった指先を覚えている。少しずつ周囲の環境を理解することで、その恐怖は徐々に和らいでいった。
「魔王様、あなたのことを知りたいのです」
外を見ていたギデオンがこちらを振り向いた。
私は意を決してその隣まで歩み寄る。
「少しずつで構いません……単なる夜伽の関係ではなく、あなたの世界に私を入れてください」
魔王は何度か瞬きを繰り返すと、諦めたように瞼を閉じた。片手を目元に当てて長い息を吐く。
「お前はやっぱり変わっている。俺のことなんて知らなくても、時間が経てば解放すると言ったはずだ。それをわざわざ無駄な時間を掛けて知ってどうするんだ?」
「無駄かどうかは…私が決めることです」
動かないギデオンの脱力した指先に触れる。
そろりそろりと腕を這って、不安そうな目を覆う左手に、自分の手のひらを重ねてみた。黄色い瞳がぐらりと揺れる。
永遠のような長い時間に思われた。
私は息を呑んで魔王の言葉を待つ。
形の良い唇が躊躇うように震えて、少し開いた。
「クロエ、お前は大切な客人だ。出来るだけ希望を尊重したいし、嫌な思いはさせたくない」
「お気遣いありがとうございます」
「だが…お前が望むならば、良いだろう。つまらないかもしれないが話ぐらいは出来る。明日は……」
ギデオンはそこで言葉を切って短く唸った。
見つめる先で、魔王は小さく頷く。
「城の外を歩いてみよう。天気が良ければ、だが」
私は窓を叩き続ける雨粒と、困った顔をするギデオンを見比べて吹き出す。「それは是非とも神様に祈らなければいけませんね」と伝えると、彼は「魔族は神に祈らない」とぶっきらぼうに返した。
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