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15 クロエ、散歩に行く
信仰心の薄い私の祈りを神様が受け入れてくれたのかは謎だけど、翌日の空は雲ひとつない快晴だった。
珍しくギデオンの方から朝食の誘いがあったので、私たちは共に食堂で遅い朝ごはんを済ませて、その夜に見た夢の話などを語り合った。
談笑する魔王の様子を見て、バグバグや他の使用人は不思議そうな顔をしている。クジャータはほっとしたように安らかな表情を浮かべて私たちのことを見守ってくれていた。
彼らは今日も揃って動物の首を被っている。
真実を知った今となっては、べつに偽る必要はないのだけど、たしかにバグバグの煙頭やクジャータの目玉の集合体に見つめられたら、私は落ち着いて食事が出来ないのでこれで良いのかもしれない。
「あら、アスパラガスが残っていますよ?」
ギデオンの白い皿の上に綺麗に並んだ緑の野菜を見て私は声を掛ける。彼はバツが悪そうに目を泳がせた。
「腹がいっぱいなんだ。今日は残す」
「そうなのですか。私がいただいても?」
「構わない。好きにしろ」
私はバグバグが運んでくれたギデオンの皿から三本のアスパラガスを自分の皿へと移す。皿を差し出す際に親切なメイドはこっそりと私に「ギデオン様はこれらが苦手なのです」と耳打ちした。
私は目を丸くして彼女を見る。
被り物の目がウインクしたような気がした。
「魔王様でも怖いものがあるのですね」
「何だと?」
「いいえ、こちらの話です」
バグバグと顔を見合わせて私はにっこり笑う。
断罪された悪役令嬢が、魔王の城でその家来たちとこうして笑い合うのは可笑しな話だと思う。だけど、私は十八年間の人生のうち、久しぶりに穏やかな気持ちだった。終始自分の行いや発言を気にする必要もなければ、婚約者と彼に擦り寄る自称友人の侯爵令嬢の仲にヤキモキすることもない。
豚首を被った大きな男が食堂に入って来て、ギデオンに声を掛けた。話を聞いて嬉しそうに輝く魔王の顔を見るに、何か良い報告なのだろう。
「クロエ、散歩がてら鉱山を見に行かないか?」
「鉱山……ですか?」
ギデオンの説明によると、どうやらこの島は豊富な鉱物を切り売りすることで生計を立てているらしい。ペルルシアの北部にそんな島があることを知ったら、国王は是が非でも攻め入ろうとするはずだ。
しかし、王族であるアンシャンテ家との縁が切れた私がそんなことを気にする必要はない。私は快く頷いて、散歩に出掛けることにした。
「昨日の雨で足元が悪い。鉱山までは俺が連れて行こう」
「えっと、どのように?」
見上げた瞬間、身体が軽くなる。
遥か下でバグバグたちが手を振るのが見えた。
浮いている。理解しがたいことに、私は今鳥のごとく空に浮かんでいる。それは私を抱えるギデオンの背中から生えた立派な翼の為せる技だ。
「魔王様…!羽が生やせるのですか!?」
「少し魔力が回復した。言っただろう、あの夜に君を舞踏会から連れ出すために力を使ったと」
「言っていましたけど、こんな方法で移動したなんて……」
そりゃあ確かに力も底を付くはずだ。
人間一人を運ぶんだから。
手を何処に置けば良いか分からなくてキョロキョロしていると、ギデオンに「落ちたら死ぬぞ」と言われたので、私は黙って彼の首にそっと腕を回しておいた。
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