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16 クロエ、大蛇と出会う
採掘場に入る前に、ギデオンは言いにくそうに「ここで働く者を見たらお前は驚くかもしれない」と口にした。それはたぶん、王宮で働く使用人のように紛い物の首を付けていないということだと理解する。
「構いません、案内してください」
「………分かった」
不安定な地面を歩くのに、ヒールの付いた靴は歩きづらいので、私は靴を脱いで入り口のわきに揃える。魔王はその様子を見てまた目を丸くしていた。
「何ですか?」
「いや……大丈夫だ」
転ばないようにと差し出された手を取った時、ピリッと自分の身体に緊張が走るのを感じた。
久しぶりに触れた彼の体温に驚いたのだろうか。そういえば中断したままの閨教育をまた再開する必要がある。前回は口淫まで教えたけれど、次はいよいよ合体の手法を実践した方が良いかもしれない。
私は最後の勉強で目にした彼の立派な雄のことを思い出して、一人で赤面する。ムッツリした嫌な女だと思われないように、何度か咳払いをして前を向いた。
「ギデオン様!お待ちしておりました…!」
何処からか声が聞こえて私たちは立ち止まる。
「ああ。アグーに言われて来たんだ。かなり大きい結晶を見つけたらしいな」
「ええ、ええ!それはもう光輝く美しい多面体ですよ」
平然と交わされる会話を耳で聞きながら、私は言葉が出て来なかった。何故なら、首を傾けてギデオンが話す相手は数メートルはある大蛇。私なんか丸呑み出来そうなその大きな身体に、震え出した膝を隠すようにドレスを引っ張った。
「おや、人間ですか?」
シュルルッと伸びてきた頭が値踏みするように私の顔に近付く。意図せず息を止めてしまった。
恐怖のあまり口が開かない。
それどころか、失礼だと分かっていても目を合わせることが出来ない。ギデオンが「夜伽の相手として雇った」と説明するのを聞きつつ、こんなことではダメだと自分を叱責する。
知りたいと思ったのだから、逃げてはいけない。
これがギデオンの住む世界なのだ。
私は勇気を振り絞って顔を上げた。巨大な身体を覆うテラテラした鱗を出来るだけ見ないようにして、蛇の頭と向き合う。
「こ…こんにちは。私はクロエです」
「やぁ、クロエ。私はサミュエル、鉱山の責任者だよ」
「あの……この島からはたくさんの鉱物が採れると聞きました。短い間の滞在ですが、また見学させていただければと思います。よろしくお願いします…」
上手く挨拶出来ただろうか?
チラッと隣を見上げたらギデオンは笑みを浮かべて私とサミュエルの遣り取りを見ていた。失礼なく自己紹介出来たようなので、ほっと安堵の息を吐く。
その時、しゅるしゅるとまた首を引っ込めるサミュエルの頭に、枯れ葉のようなものが載っているのを見つけた。払おうと咄嗟に手を伸ばす。
「サミュエルさん、葉っぱが……」
「クロエ!触れるな!」
私が声を掛けるのと、ギデオンが叫ぶのは同時で、私は指先が蛇の表皮に触れた瞬間にチクリと刺されたような痛みを感じた。何だろう、と見遣った先で視界がぐにゃりと歪む。
何度も名前を呼ぶ二人の男の声を聞きながら、意識は途切れた。
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