01 クロエ、魔王の城で目覚める

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01 クロエ、魔王の城で目覚める

「………っふぁ…!?」  自分が息を吸う音で目が覚めた。  勢いよく上体を起こして周囲を見渡す。部屋の広さに対して物が少ない空間の中、私は中央に位置したベッドの上で横になっていた。此処はどこだろう。というか、いったい何が起こったのだろう。  キョロキョロしていると、部屋の扉が開く。  明かりと共に姿を現した生き物を見て私は言葉を失った。  首から下は至って普通の人間。しかし、その頭はどこからどう見ても牛。つまり牛の首を付けた人間が部屋に入って来たのだ。叫びたくても恐怖のあまり声が出ない。 「あれ?もしかして起きてます?」  目だけを白黒させて瞬きを繰り返す私の顔を覗き込んで牛は首を傾げる。待って、牛の首をこんなに間近で見たことはないけれど、睫毛の生え方から何からリアル過ぎる。 「ギデオン様にお知らせしないと。きっと喜ばれると思いますよ。クロエ様が目を覚ますのを楽しみにしてましたから」  牛がスラスラ喋っている。  人間の言葉を、流暢に。  どうして私の名前を、とかギデオンという身に覚えのない男について聞きたいことは沢山あったけれど、私の口が言葉を吐き出す前に牛は部屋を出て行った。  私はただ、静かに閉まった扉を見つめる。  首は牛だったけれど、声は意外にも若い男のようだった。精巧なマスクでも被っているんだろうか?そのわりには、彼の言葉に応じて牛の目も動いていた気がするけれど。  そんなことを考えていたら、すごい勢いで扉が開いた。 「クロエ……!目が覚めたんだな!」  嬉しそうに両手を広げて入って来た男は半裸。  頭から生えた二本の角を見て私はギョッとした。  こんなキャラクター知らない。『ティータイム・ロマンス』の攻略対象としては登場しないし、見たことない。ベッドの上で瞬きを繰り返す私に顔を近付けて、男は微笑んだ。  ふわっと白壇の香りが鼻腔をくすぐる。  続いて部屋に入って来た牛首の方を振り返って、半裸の男は「二人にしてくれ」と伝えた。牛首は恭しく頭を下げると黙って踵を返す。二匹の化け物が一匹減るので喜ぶべきところなのかもしれないが、私は何故かこの角の生えた男と二人きりになる方が恐ろしく感じた。 「あぁ、お前が目覚めるのを今か今かと待っていたんだ」  笑うと男の目尻は下がって、随分と甘い顔になる。  珍しい銀色の髪はペルルシア王国では滅多に見かけない。 「あなたは……誰ですか?」  私はやっとのことでそれだけ絞り出した。  男は目を丸くして、まじまじと私の姿を観察する。頭のてっぺんから爪先まで、不躾に眺めた後で「知るはずがないか」と小さく零した。 「俺の名前はギデオン。この世界では魔王と呼ばれている。ペルルシアの夜会で何度か君と目が合ったが、」  魔王、という言葉に思考が停止する。  記憶を遡ってみるけれど、思い当たる存在はない。  そもそもの話、私はライアスとビビの接近を防ぐことに躍起になっていて、夜会も茶会も舞踏会も、常に神経をそこだけに集中させていた。  そんな努力も無駄に終わったわけだけど、まぁ田舎暮らしも悪くはないと思う。疲れた心と身体を労って、余生は穏やかに暮らしたいものだ。  そのためにも穏便にこの場を収めなくては。 「………すみませんけど、記憶にありません」 「そうか。残念だが仕方ない」 「あの、申し訳ありませんが、両親の元へ返していただいても良いですか?きっと私が居なくなって心配しているはずです」  魔王だか覇王だか知らないけれど、私は人前での断罪イベントを終えて心身ともに疲弊していた。平民落ちしたグレイハウンド家の人々はきっと困惑しているはずだし、一応娘としてそばに居るべきだと思う。 「ああ…その点は大丈夫だ。君の両親には三ヶ月ほど君を借りることをすでに伝えている。グレイハウンド家は一旦北部へ引っ越すことにはなるが、今と同程度の生活は維持出来ると思う」 「え……どういうことですか?三ヶ月…?」  事情が飲み込めない私の前でギデオンは頷く。  目の前で長い指を三本立てて私に見せた。 「クロエ、君には三ヶ月の間、俺の閨教育担当として夜伽の相手を担ってもらう」
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