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25 クロエ、真の姿を知る
「え?ギデオンが風邪を……?」
クジャータが申し訳なさそうにそう告げに来たのは昼過ぎのことで、私は部屋でバグバグと編み物をしていた。
城に来てから一ヶ月が経過した今、私の生活もだいぶ穏やかなものとなり、日々の大きな変化もなくなっていた。唯一読めないのはギデオンとの夜伽だけだが、それももう一度は最後までしてしまったし、私の中では大きな山は超えたと勝手に思っていた。
「魔王でも風邪を引くのね。不思議だわ」
「昨日の長風呂が響いたのかもしれませんねぇ」
「あなたってそんな可愛い被り物をしているけれど、結構良い性格してるわよね?」
牛首を睨み付ける私を見てバグバグは慌てる。「喧嘩はおやめください!」と注意が入ったので、仕方なく溜め息を吐いて、途中のまま投げ出した編み針を再び手に取った。
くるくると編み目を増やしていく私を見て「何を編んでいるのか?」と問うので、帽子だと答える。
「帽子……?」
「ええ。ギデオンは角が二本出ているでしょう?あの部分がきっと寒いと思うから、角用の帽子を編んでいるの」
「なんと。それはきっと喜ばれるでしょうね」
「だと良いけど、私はあまり器用じゃないからバグバグに教えてもらいながら作業しているのよ」
なにぶんテレビも漫画もない世界で十八年も生きてきたので、一通りの貴族の暇潰しは手を出した。だけど、意外にもレース編みや油絵の難易度は高く、習得出来ないままに私は投げ出してしまったのだ。こんなことなら、もう少し学んでおけば良かっただろうか。
すでに形がおかしなことになっている角用帽子を見下ろして、短く溜め息を吐いた。
寝込んだ魔王のお見舞いに行きたい気持ちもあるけど、病人からしたら迷惑かもしれない。悶々と考えながら、とりあえず夜までは結論を出すのを延期することにした。
◇◇◇
「………結局、来てしまったわ…」
バグバグやクジャータに相談したところ、あまり肯定的ではなかったのでこっそり部屋まで一人で来た。皆が寝静まる時間帯は、どこもかしこも静まり返っている。
ノックして返事がなければ帰ろう、ぐらいの気持ちで扉の前まで歩み寄ったところ、なんと三センチほどの隙間が空いている。明かりのついていない室内に違和感は持ちつつも、ドアノブに手を掛けた。
「ギデオン……?」
返事はない。
もしかすると高熱でダウンしているのでは、と慌てて足を踏み出すと、私の後ろで半開きだった扉が勢いよく閉まった。大きな音に身体が飛び上がる。
「ギデオン、居るの……?」
月は雲の合間に隠れて、窓の外は外を飛び交うコウモリの羽音が時折聞こえるぐらいだ。せめて安否の確認だけでも取りたいのに、照明のつけ方が分からない。
少し下がって壁に手を這わせても、それらしきものには触れない。次第に怖くなって、私は一旦部屋に引き返そうと扉があった場所まで戻ろうとした。
その時、指先に何かが触れた。
「………っひゃ…!?」
ひんやりと冷たくて、粘り気のあるものが指先を包む。びっくりして叫び声を上げそうになった口に、スライムのようなものが巻き付いた。
「んん!んっ───!!」
バタバタと足掻く手足が捕まって、ベッドの上に放り投げられる。正体が分からない何かが、二本の腕をまとめて頭の上で拘束した。
「なんなの!あなたは誰……!?」
口を塞ぐものが無くなったのを良いことに、私は声を張り上げる。
「クロエ、どうして此処に来た?」
「………ギデオン?」
聞こえた声は優しい魔王のもの。
何処かに姿を隠した彼を見つけ出そうと、身を捩った。
「ギデオン、何処に居るの?風邪だと聞いて、」
「どうして来たんだ?」
「手を繋いでくれない?目が見えないの…!」
ニュルッと伸びて来た何かがまた、私の指先を握った。
私は飛び上がって驚く。
その時、雲隠れしていた丸い月がゆっくりとその姿を現した。カーテンの隙間から淡い光が漏れる。照らし出されたのは、私の目と鼻の先でぬらりと光る水の塊。
「……ギデ…オン………?」
「驚いたか。お前が見たがっていた本当の姿だ」
慣れ親しんだ声はそのブヨブヨした水から聞こえる。
「魔力が弱まると人の姿は保てない。悪いが、こんな見た目じゃ手を繋ぐことも出来ないし、キスも出来ない」
「…………、」
「お前たち人間から見たら立派な化け物だろう?どうだ、嫌になったか。震えても仕方ない」
吐き捨てるようにそう言うと、ギデオンはそろそろと移動してベッドから床へ落下した。もう球体ではなく、平たく伸びて広がっている。
「どうしたら魔力は戻るの?」
「数日寝たら治る。一人にしろ、お前に出来ることなんかない。大人しく部屋に戻ってくれ……!」
「……ねぇ、ギデオン。勝手に部屋へ来たことは謝ります。だけど、もう少しだけ一緒に居させて」
「っは!冗談を言うな。こんな化け物に襲われても良いのか!?」
私はベッドから降りて、床にしゃがみ込む。
小さく波打つ魔王の身体に手を伸ばした。
「べつに良いわ……あなたになら、何をされても」
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