02 クロエ、夜伽相手に抜擢される

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02 クロエ、夜伽相手に抜擢される

「よ…夜伽(よとぎ)?それに(ねや)の教育って、え、どうして私が?」  我ながら至極真っ当な反応だと思う。  いきなり出会った見知らぬ男から突然「女とは何たるやを教えてくれ」と言われているのだ。それも実践を以ってしてというのが尚のことタチが悪い。  そもそも、魔王ってなに。  私のプレイしてきた限りでは『ティータイム・ロマンス』の世界に魔王なんて存在しない。若干魔法ちっくなご都合主義は存在していたが、それも微々たるもの。ペルルシアの歴史を辿れば、かつての王国は悪しき怪物が蔓延っていたらしいけど、王国の基礎を築いた初代国王がそれらを一掃したと聞いている。 「ペルルシアに魔王が居るなど聞いたことがありません。このような拉致は犯罪に値します、どうか冷静に……」  考え直しください、と伝えればギデオンは再び黙り込む。  眉間に手を当てたままで目を閉じる様子からするに、おそらく何かを考えているのだろう。私は、この男は果たして話が通じる相手なのかしら、と少し心配になった。 「信じるも信じないも自由だ」  やがて、溜め息と共にギデオンはそう言った。 「しかし、こうしたことを頼む以上、一応事情は説明しておこう」 「事情……ですか?」 「そうだ。本来、魔族は魔族同士で子作りをする。その方がリスクも少ないし都合が良い。しかし、最近になって生まれて来る魔族の性別に偏りが目立ち始めた」 「………?」 「女が極端に少ないんだ」  そこで言葉を切ると、魔王は嘆くように首を振る。  美しい銀髪が月の光を受けて少し輝いた。 「このままでは俺たちは滅んでしまう。そこで、人間の女を嫁に貰うことにした」  私はハッとして息を呑む。 「しかし、ただの女では面白くない。俺たちをこうした影の存在に追い遣ったアンシャンテの一族への報復として、国王の一人娘ピエドラ・アンシャンテを俺は攫うつもりだ」  ピエドラ・アンシャンテとはつまりライアスの妹。  ギデオンが淡々と語る計画は王国からすると大きな犯罪だ。  だけれど、私はこんな話を聞いてもそこまでのショックは受けなかった。「今すぐライアスに知らせなくては」といった正義感も湧いて来ない。  それはきっと私が、ギデオンと同じように追放された身だからだと思う。用無しであると北部へ飛ばされた悪役令嬢にはもはや同情という感情は残っていなかった。  冷たくなる心に意識を傾ける私の上で、ギデオンは「人と魔族とでは身体の作りが違うので勉強する必要があったのだ」と説明を続ける。魔王が閨教育を受けるなんて聞いたことがないけれど、失敗が許されない以上、計画的に行きたいのだろう。 「………なぜ夜伽の相手に私を選んだの?」  壁に寄り掛かる長身のギデオンを見上げる。  素朴な興味からの質問だ。 「紛れた夜会で君がいずれ婚約破棄を受けることを耳にした。王族に反感を持つ者であれば、協力を仰ぎやすい」 「なるほど……それは正しい判断ね」  ビビあたりが誰かに吹聴していたのだろうか。  可哀想なクロエ・グレイハウンドは王太子から婚約を破棄されてお役御免になると。必死に媚びたところで、侯爵家の爵位すら剥奪されてじきに平民に落ちる運命なのだと。 (あぁ……なんて虚しい人生なのかしら)  私が転生して悪役令嬢として生きた十八年間は無価値となり、断罪後の穏やかな生活さえ許されずに魔王に利用されることになる。だけど、もう選択肢などきっと無い。 「三ヶ月経てば解放してくれるのね……?」 「そうだとも。魔王たるもの、嘘は吐かない」  見上げた先でギデオンは満月のように黄色い瞳を細める。 「分かったわ。貴方の夜伽相手を引き受けましょう。ただし、三ヶ月後に相応の報酬を受け取る約束で」  お安い御用だ、と魔王は微笑む。  私は両手を重ねて震えが見えないように隠した。
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