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29 クロエ、新しい使用人と出会う
「え?お休みですか?」
「はい。来週三日ほど、夫と一緒に島の西側にあるビーチに遊びに行こうと思っております。海はどこにでもあるのですが、珍しい海洋生物が住み着いているようで」
バグバグは嬉しそうに身振り手振りで説明する。
彼女の代役として新しく紹介されたのは、ネズミの首を被った小柄なメイドだった。バグバグから名前を呼ばれると、腰を折ってお辞儀をして見せる。
「彼女はロッソという名ですが、私たちのように言葉を発することが出来ません。しかし、言語を理解することは出来るのでどうかご安心を!」
「分かったわ。ロッソ、これから宜しくね」
小さなネズミはぺこりと再び首を縦に振る。
耳元で綺麗な青い石のイヤリングが揺れるのが見えた。
「そのイヤリング素敵だわ、何かの宝石?」
ロッソは右手で自分の耳に触れて、また頷いた。
それから困ったようにバグバグを見上げて入り口の方を指差す。バグバグは「うんうんそうね!」と納得した様子で、後輩の背中を叩いた。
「恥ずかしいので持ち場に戻るそうです。私が不在にするのは来週からなので、今週はロッソに慣れる時間を与えてくださいませ」
「もちろんよ。いつでも話し掛けてね、ロッソ」
ネズミの被り物がこくっと上下して、メイドたちはそのまま二人で部屋を出て行く。
いつも頼りにしていたバグバグが居ないのは残念だけど、彼女にも家庭があるから仕方ない。牛首のクジャータはきっといつも通り居るだろうし、いつまでもバグバグ一人に甘えるのは止さないと。
(………それにしても、)
いったい魔族にはどれだけのバリエーションがあるのだろう。人間で言うところの血液型や見た目の差異以上の違いが個体間であるようだし、クジャータもバグバグも言語を操るからてっきりそれが普通だと思っていた私は驚いた。
しかし、気を遣って緊張していたロッソの様子を見るに、悪い人ではなさそうだ。短い間だけど、彼女が気負わずに働ける環境になれば良いと思った。
椅子に腰掛けたままで、すりすりと爪先を合わせてみる。
このお城に来てからというもの、朝昼夜と美味しい食事をたくさん出してくれるので私はついつい食べ過ぎてしまいがちだ。大口を開けて食べないとか、飲み物をがぶ飲みしないようにと口煩く注意する人間が居ないから、非常に心穏やかに食事に向き合える。
(痩せないとダメかしら……?)
椅子から降りて、姿見の前でくるりと振り返ったら、気付かない場所に付けられた赤い痕を見つけた。
思わずカッとなって髪で隠す。
令嬢たちとのお茶会で「キスマークは独占欲の現れなのよ」と騒いでるのを聞いたことがあるけれど、魔族においても同等の意味を持つのだろうか?
だけど、婚約者の居ない私はもはや誰のものでもないので、魔王が独占欲を見せる必要もないと思う。盛り上がって意味もなく吸ったのだろう結論付けて、鏡の前から離れた。
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