31 クロエ、ネズミに尋ねる

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31 クロエ、ネズミに尋ねる

 翌週の初め、バグバグは彼女の宣言通り休みを取った。  ロッソが提供してくれる朝食を食べながら、私はこの島で生きる他の者たちの生活を想像してみる。城で働く魔族たちにもそれぞれ大切な家族や友人が居るのだろう。この島で生まれて、魔王と共に育った彼らは、ペルルシアとの関係をどう思っているのか。 「ねぇ、ロッソ。あなたはこの島で育ったの?」  ネズミの首を被ったロッソは頷いて反応する。  バグバグからの教えで彼女が話せないことは覚えていた。 「こんなことを聞くのは変だけど…ペルルソアのことは聞いたことがあるわよね?王国からこの島は見えなくても、島から王国は見えるようだし……」  再度ロッソが肯定するのを見て私は言葉を続けた。 「この島の人たちは皆、ペルルシアのことをどう思っているのかしら……?そこに住む人間は憎い?」  ネズミの首は少し考えるように横に倒れると沈黙する。  私は困らせてしまったことに慌てつつ「くだらない質問をしてごめんなさいね」と謝った。島に住む人たちもそれぞれ異なる意見を持っているだろうし、こんなことを聞いても仕方がない。  代わりにおやつ時にアップルパイを作ることを提案し、優しいメイドが誘いに乗ってくれたので、私たちはアップルパイに合う紅茶の種類の話で盛り上がった。  ペルルシアが舞台となっている乙女ゲーム『ティータイム・ロマンス』はその名の通り、茶会を通して繰り広げられる数々のイベントをこなして、攻略対象となる男たちとの親密度を上げていく展開だ。  私の元婚約者であるライアスは「婚約者持ちの危険な彼」的なポジションで登場し、ヒロインが手元を狂わせてティーカップをひっくり返して火傷したところを助けて距離が縮まるストーリーだった。だから、今世ではそうはさせまいと、私がヒロインのビビを庇ったのだけれど。 (………何も変わらなかったわけね、)  残ったのは太腿に残る火傷痕のみ。  日が経つにつれて薄くなってはいるけれど、それを目にする度に私はどうにもならなかった十八年間のことを考える。  すべてが無駄だったのだろうかと思ってしまう。  ふと顔を上げると、ロッソが心配そうにこちらを見ていたので、私は笑顔を作って「それじゃあ三時に」と伝えた。ロッソは恭しく頭を下げて、食べ終えた皿を片付け始める。  今日はアップルパイを焼くまでは本を読んで過ごすつもりだった。お城には小さな図書館があって、そこにはギデオンが勉強するためなのかペルルシアや異国の本がいくらか寄せ集められてある。中には最近購入したのか、夫婦の良好な関係の築き方や、子供向けのような性教育の本まであって笑ってしまった。  本当に変なところで真面目だし、不器用だ。  彼のそうした個性をピエドラ王女に教えてあげたい。  もちろん、部外者である私の気付きなんて王女は必要としていないだろうし、私がそんなことをしなくても、妻として迎えられる彼女にはたんまりと魔王のことを知る時間があることは分かっているのだけど。
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