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36 クロエ、言葉を受ける※
好きになってしまった。
夜伽だけの関係を望む相手を。
「……っ…ギデオン、待ってまだ、」
背中越しに感じる重さを愛おしいと思う。もう何度も何度も擦り合わせたのに、彼が挿入って来る瞬間はいつもなんとも言えない多幸感に満たされる。
愛撫だけで果てた身体はぐずぐずで、まともな思考も出来そうにないのだけど、そこに更に後ろからゆるく突かれれば脳が焼き切れるようだ。
私は知っている。
この焦ったいようなゆるい抽挿の後で、ギデオンは私の身体を腕で抱き締めて、固定した上で深く貫くのが好きなこと。乱暴に見えて良いところばかり穿つから、文句も言えない。
「あぁっ、すきそれ……ッ…ダメまた、またイっちゃ…!」
「クロエ…っ、力を抜いてくれ、」
「無理です、きもちよすぎて、へんに……っあん!」
横に転がされてパカッと開かれた秘所に再び熱い剛直が当てがわれる。
見上げたら目に入る汗ばんだ肌、そしてその先にある綺麗な顔。私が愛した男はこんな風に女を喰らう。ただそれだけでも覚えていよう、と思った。
「ギデオン……キスして」
「………っ、」
ほらね、優しい。
困ったように目を泳がせても結局こうやって唇を重ねてくれる。王女様には申し訳ないけれど、今だけは夢を見ても良いだろうか。爛れた関係の中に、愛のようなものを探すことをどうか許してほしい。
分かってる。
求めてはいけないと知っている。
お互いの唇を貪っていると脳は勘違いを深めそうだったので、私は頭を振って息を整えた。もうしばらくの辛抱なのだ。あと少しで私は北部の両親の元へ帰れる。それはきっと、喜ぶべきこと。
私は深く息を吸ってギデオンに向き直った。
場に不釣り合いな明るい声を出してみる。
「あのね、こういう行為の最中には相手に気持ちを伝えるのも効果的なんです。例えば好きだとか、可愛いとか、そういう言葉を言われると女性も嬉しいので」
得意げに説明を続けていたら、胸の上に置いていた手がそっと握られた。見上げた先で黄色い目が細められる。
「クロエ、綺麗だ」
「………っ!」
「へぇ、本当だな。今奥が締まった」
「……や、やめてよ!私で試さないで…!」
顔を背けたいのに、意地悪な魔王は握った手を引いて私の耳元に口を近付けた。
「どうして?これも指導の一環なんだろう?」
「いやっ……」
「可愛いな。どんな言葉に反応するんだ?もっと色々教えてくれ」
「っん……ふぅ、う…」
他のことを考えないと。
私は彼の指導者なんだから。
だけど耳の中に深い声が落ちてくるだけで、身体がビクビク震えてしまう。まるで直接声が届いているみたいで。
「これはどうだ?」
「………?」
「クロエ……お前を愛してる」
「───んっ!」
きゅうっとお腹の奥が絞られて、私は思わずギデオンの肩にしがみ付いた。大きな波に攫われて頭が真っ白になる。
「っは、今のでイったのか?女の身体は本当に不思議だな。それとも、そうやって王太子に躾けられたのか?」
「違うわっ!」
大きな声で言い返すと魔王は驚いたような顔をした。
優しいギデオンは、ライアスの話になると無口になったり攻撃的になったりする。それがアンシャンテの一族への怒りからだと分かっているけど、彼の言葉は私を傷付けた。
「違うの、私が単なる上辺だけの言葉で反応するのはライアスのせいじゃない……そんな馬鹿げた理由じゃない」
「クロエ?」
「今のは意地悪だったわ。愛してるなんて気軽に言わないで、そんなこと…冗談でも言わないでほしい」
こんなつもりじゃないのに。
堰を切ったように言葉が転がって行く。
「もう止めましょう。今日は十分だと思う」
「すまない、何か気に障ることが……」
「いいえ。私の問題なの、ごめんね」
ナイトガウンを羽織って私は窓の方へ歩み寄る。
窓ガラスに映ったギデオンが、何か言いたそうにこちらを見た後で静かに部屋を去るのを見届けた。ほっと息を吐く。左の胸に手を当てるとまだ心臓はドクンドクンと大きく脈打っていた。
「ごめんなさい……ギデオン、」
夜伽なのに心を求めて。
自分勝手に想いを寄せてしまって。
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