38 クロエ、絵本を見つける

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38 クロエ、絵本を見つける

 三ヶ月目に入り、約束の終わりが近付いていた。  私はその日体調が悪く、月のものが来ていたため朝から部屋にこもって読書をして過ごした。窓の外はゴロゴロと雷が鳴っていて、ただでさえ憂鬱な気分がより沈む。  ギデオンは昼過ぎに馬首と鹿首の兵士と連れ立って何処かへ出掛けたっきり、夕方になっても戻らない。あの二人もまた、首の下は異形なのだろうかとぼんやり考えながらページを捲った。  魔王が代々学びのために蓄えて来たという書物は、本当に色々なものが集められている。ペルルシアの文化や歴史に関する内容が多いけれど、聞いたこともない異国の本もあって、それらは私の能力では読解不可能だった。  中には子供用の絵本などもあった。  ギデオンの母が産まれてくる子のために買っておいたのか、まだ開かれた形跡のない小さな絵本を私は何度か繰り返して読んだ。  それは、一人で遊んでいた人間の子供が怪物と友達になるというお話で、周りの大人たちは「危険だ」「遊んではいけない」と咎めるのを、主人公の子供はこっそりと隠れて遊び続ける。最後には大人たちも躍起になって、怪物を蹴ったり殴ったりして街から追い出そうとするのだけど、それを知った子供は怪物の手を取って二人は暗闇に消える、という話。  子供と怪物は何処に行ったのだろう。  絵本にはその先のことは描かれていない。 「手を取って……ねえ、」  私はベッドの上に横になって右手を宙に差し出した。  大きな音がして、暗い天井が一瞬だけ明るくなる。また何処かに雷が落ちたのだろう。停電にならないと良いけれど、と願いながら目を閉じた。  そういえば昔、ライアスと参加した屋外演奏会で、とんでもない嵐にあったことがある。  なにぶん的外れな天気予報が多いこの世界なので、雨が降るのは仕方がないのだけれど、風が強くてテントが次々に倒れてしまったのは困ったっけ。  家族や友人とも逸れ、肝心の婚約者は気付いた時にはもうそばに居なかった。あの時も彼は真っ先にビビの姿を探していたのかもしれない。 (………今更気付くなんて間抜けね)  私はどうやって帰ったのだろう?  確か、雨が弱まるまでは何処かに隠れて息を潜めていたような気がする。もう随分と前の話だし、私は居なくなったライアスに腹を立てていたから記憶は曖昧だ。  もう一度読みかけの本に目を戻したら、急に眠気が襲って来て私はプツンと糸が切れたように眠ってしまった。  ◇◇◇  すりすりと手の上を撫でられる気持ち良さに、ゆっくりと目を開いてみる。  いつの間にか帰って来たギデオンが私の足元に腰掛けて、手のひらで遊んでいた。くすぐったいのと驚いたのとで、私はケラケラ笑ってしまう。 「戻られたのですね……お帰りなさい」 「ああ。外はすごい雨だったよ」  そう言う彼の髪はしっとりと水気を帯びている。 「お湯を張るように頼みますか?」 「もうクジャータに頼んでおいた。今日はまだクロエの顔を見ていなかったから部屋に来てみたんだが、起こしてしまったなら申し訳ない」 「いいえ、眠る気は無かったんです」  ポタッと雨粒が毛先を流れてシーツに落ちるのを見て、私は魔王がまた風邪を引くのではないかと心配になった。 「毛布を掛けますか?」 「もうすぐ行くから大丈夫。おやすみ」 「………ギデオン、」  部屋を出て行こうとする背中に声を掛ける。  咄嗟に呼び止めたのに理由を考えていなくて口篭った。  戻って来たギデオンは不思議そうに首を傾げて、俯いた私の頭を撫でる。あたたかな手、安心する白檀の香りに少しだけ雨の匂いが混じっている。 「何でもないわ。良い夢を見てね」 「……ありがとう、そう願うよ」  私の額に口付けて優しい魔王は部屋を去った。
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