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03 クロエ、朝食を頬張る
ギデオンから城の内部に関する説明をある程度受けた後、私は疲れ果てて湯浴みもせずに寝てしまった。
翌朝目が覚めると、見計らったようにノックの音がして、昨日とは違う鳩の頭をした人間が部屋に入って来る。牛首でいくらか耐性が付いたのか、もうそれほど驚きはしない。
「おはようございます、クロエ様!」
「………おはようございます…」
鳩首からは年配の女の声がする。
女は一度部屋を出て行くと、すぐに手押し台の上に美味しそうな食事を載せて帰って来た。「朝食の準備をいたしますね」という言葉に胸が高鳴る。
実は、昨日の舞踏会ではほとんど何も摘んでいなかったため、かなりお腹が空いていた。見たところ食事も普段食べているものと変わらない。魔族なんて言うから、臓物の串刺しでも出て来たらどうしようと思っていた私は、ひとまず胸を撫で下ろした。
「魔王様は……?」
鳩は豆鉄砲を喰らったように目を丸くした。
そんな顔をすると可愛く見えてくるので不思議だ。
「あ、ギデオン様ですね。ええっと…ギデオン様はすでに朝食を済まされており、今頃は食後のコーヒータイムに突入されている頃かと……」
「………そう。食べ終わったら案内してくれる?」
「もちろんでございます!」
元気よく返事すると鳩首は配膳に取り掛かった。
様々な豆を煮詰めたスープ、薄くスライスされたチーズに柔らかなハムを焼いたもの。それに数枚のパンが添えられていたのを私はものの五分ほどで完食した。
ライアスと婚約していた頃は一つ一つに感想を述べてゆっくりと味わっていたけれど、もうそんな必要はない。言っては悪いけれど、牛首や鳩首、果ては魔王といった珍種が生活するこの場で“まとも”であろうとすることは馬鹿げている気がしたのだ。
鳩首はバクバクと食べる私の姿を見ても「お口に合ったのですね!」と嬉しそうにするだけで、注意はしない。それは貴族のマナーに飽き飽きしていた私にとって新鮮だった。
「………ねぇ、」
ギデオンの部屋へ続く長い廊下を歩きながら、私は鳩首に声を掛ける。
鳩首はよくよく見ればメイド服とおぼしき服装を身に付けており、白いエプロンには彼女のお手製なのか小さな鳥の刺繍がしてあった。
「どうしましたか、クロエ様?」
「ギデオンは……いつも一人で朝食を?」
鳩首は「はいそうです」と頷く。それが何か?と言いたげな赤い目に、私は続く言葉が浮かばなくて閉口した。
魔族というものが何なのか分からないけれど、ギデオンがあまり人と群れるタイプではないことは薄々気付いていた。だけれど同じ城に居る以上は、もう少しお互いのことを知っておきたい。
それは自分の身を守るためでもあるけれど、同時に、この味方ゼロの場所で交わした約束が信じるに値するかを確認するためでもあった。
私は魔王の素顔を知らない。
閨教育の一環とは言えども、お互いの裸を見せ合うかもしれないのだ。もう少し彼のことを知っておいて損はないだろう。
「ギデオン様、バグバグです。クロエ様をお連れいたしました」
ノックの後で鳩首がそう告げると、部屋の中から返答があった。どうやら「入れ」と返ってきたようだ。今更ながらこの鳩首メイドがバグバグという変わった名前であることを知って、私はちょっとおかしくなった。
私が中に入ると、バグバグは扉を閉めた。
執務室なのか部屋には本棚と机が並んでいる。
「食事はもう済んだのか?」
「………はい」
「口に合ったなら良いが、」
机の上の本を閉じながらそう言うギデオンは、今日は上下揃いの軍服のような格好をしている。半裸がデフォルトだと思っていたから私はこっそり安堵の息を吐いた。
「とても美味しかったです。ありがとう」
「そうか。なら良かった」
こちらを振り返った彼はそのままズンズンと私の前まで歩いて来る。何事かと身構える私の頬をふにっと片手で摘んだ。
「………っ!」
ざらりとした熱い舌が肌の上を這う。
呆然とする私の前で魔王は「パンの欠片が載っていた」とこともなげに言って退けた。いちいち意識するのが恥ずかしいぐらい自然な動作で、私はこの男の閨教育を受け持つのかと思うと気が遠くなった。
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